2026年10月7日
AIWGメンバー 諸角昌宏
2026年に入り、日本国内でサイバー攻撃や情報漏洩、ランサムウェア、不正アクセスなどの情報セキュリティ事故が相次いで公表されている。特に夏から秋にかけては、企業、大学、公共機関などさまざまな組織からインシデントが公表され、「最近、セキュリティ事故が増えているのではないか」と感じる機会が多くなった。一方、2026年は生成AIやAIエージェントの利用が急速に広がった年でもある。そこで気になるのが、「最近のセキュリティ事故の多発とAIの普及には関係があるのか」である。
本ブログでは、警察庁、IPA、Verizon、IBM X-Force、Google Cloud/Mandiantなどの公開情報、および国内の民間調査を基に、この問題を整理する。そのうえで、CSAジャパンブログに掲載された筆者の「Mythosレディ」シリーズで示した3層(基本対策、ゼロトラスト、VulnOps / CTEM)に沿って、対策をまとめてみる。
本当にセキュリティ事故は増えているのか
最初に注意しなければならないのは、「ニュースで目にする事故が増えた」ことと「実際のインシデント発生率が増えた」ことは同じではないという点である。デジタルアーツ株式会社が、対象組織による公開報告書およびマスメディアの報道資料を基に独自集計した「2026年上半期国内セキュリティインシデント集計」によれば、2026年1~6月に情報漏えい等のセキュリティインシデントによる被害・影響を公表した国内組織は727件であった。このうち「不正アクセス」が267件で最も多く、「マルウェア感染」が153件でこれに続いている[1]。ただし、この727件は727回の独立したサイバー攻撃を意味するものではない。同調査では、例えば委託先1社への攻撃によって複数の委託元企業が被害を公表した場合、それぞれの公表組織を1件として計上している。したがって、「国内で727回のサイバー攻撃が発生した」と読み替えることは適切ではない。
さらに、もう一つ注意すべき点がある。攻撃の発生日と公表日は一致しない、ということである。調査に数週間から数カ月を要した後に公表されるケースもあるため、特定の月に公表が集中したからといって、その月に攻撃そのものが急増したとは限らない。 警察庁のランサムウェア統計を見ても、この点は興味深い。企業・団体等から警察庁に報告されたランサムウェア被害は、次のとおりである。[6]
| 年 | 報告件数 |
| 2021年 | 146件 |
| 2022年 | 230件 |
| 2023年 | 197件 |
| 2024年 | 222件 |
| 2025年 | 226件 |
2024年の222件から2025年は226件であり、大幅な増加ではない。したがって、「最近になって突然ランサムウェアが爆発的に増加した」というより、高い攻撃水準が数年間継続していると表現する方が正確である。[6]
日本だけで起きている現象なのか
この傾向は日本だけに限らない。Verizonの「2026 Data Breach Investigations Report(DBIR)」では、31,000件を超えるセキュリティインシデントと22,000件を超えるconfirmed data breachが分析対象となった。前年の2025 DBIRではconfirmed breachは12,195件だったため、分析対象件数自体は大きく増えている[7][8]。ただし、DBIRは世界中の法執行機関、セキュリティ企業、保険会社などから提供されたデータを集約している。そのため、この数字をそのまま「世界の侵害件数が約80%増加した」と解釈することはできない。重要なのは攻撃方法の変化である。2026 DBIRでは、脆弱性悪用が31%を占め、初期侵入経路として初めて盗用された認証情報を上回った。[8]
IBM X-Forceの2026 Threat Intelligence Indexでも、2025年には公開アプリケーションの脆弱性悪用を起点とした攻撃が前年比44%増加したと報告されている。また、活動しているランサムウェア/恐喝グループも増加している[9]。つまり世界的に、次の4つが引き続き大きな問題となっている。
- 脆弱性悪用
- ID・認証情報の悪用
- ランサムウェア/恐喝
- サプライチェーン攻撃
日本の最近の事故では何が狙われているのか
では、日本国内で2026年に公表された最近のインシデントでは、どのような侵入経路が使われているのだろうか。2026年夏以降については、Aioright Technologies株式会社が、2026年7月1日から10月4日までに国内で検知または公表された143件を公開情報に基づいて集計している[2]。このうち126件が確認済みのサイバー攻撃と分類され、不正アクセスが74件(58.7%)を占めている。さらに重要なのが初期侵入経路である。126件中、初期侵入経路を公開情報から分類できたのは58件であり、その内訳は次のようになっている。
| 初期侵入経路 | 件数 | 割合 |
| 脆弱性悪用 | 23件 | 39.7% |
| ID・認証関連 | 20件 | 34.5% |
| サプライチェーン | 11件 | 19.0% |
| 設定・実装不備 | 2件 | 3.4% |
| マルウェア感染 | 2件 | 3.4% |
| 合計(分類できた事案) | 58件 | 100.0% |
つまり、侵入経路を分類できた58件に限れば、脆弱性悪用+ID・認証関連=43件、74.1%になる[2]。ただし、この数字についても注意が必要である。確認済みサイバー攻撃126件のうち68件(54.0%)は、初期侵入経路が不明または非公表である。そのため、「日本国内のサイバー攻撃の74.1%が脆弱性またはIDを原因としている」という意味ではない。あくまで、「公開情報から侵入経路を分類できた58件では、74.1%が脆弱性悪用またはID・認証関連だった」と解釈する必要がある。つまり、公開情報から侵入経路を分類できた事案では、脆弱性とIdentityが主要な侵入要因となっているということである。
これは警察庁の過去のランサムウェア調査とも整合する。2024年にランサムウェア被害を受けた企業等へのアンケートでは、侵入経路としてVPN機器が55%、リモートデスクトップが31%を占めていた[10]。ここから見えてくるのは、極めて「従来型」の問題である。VPNやネットワーク機器の脆弱性、盗まれた認証情報、弱い認証、過剰なアクセス権限、委託先やサプライチェーン。これらはAIが登場する以前から存在していた問題である。
ではAIは関係ないのか
ここが今回の問題を考えるうえで最も重要なポイントである。
2026年に日本で公表された主要インシデントを確認しても、「攻撃者が生成AIやAIエージェントを利用したため侵害された」と明確に公表された事案は、確認した範囲では見つからなかった。したがって、「2026年に日本でセキュリティ事故が増えているのはAIのせいである」と結論づける根拠は、現時点では存在しない。
しかし、「AIはサイバー攻撃に関係していない」という結論も正しくない。IPAは2026年の「AIセキュリティ短信」などで、次のような動きを取り上げている[11]。
- AIエージェント群による自律的な侵入
- AIを利用した攻撃コード生成
- AI支援によるマルウェア開発
- LLMを利用した金融不正
- AIエージェントによる企業侵入時間の短縮
つまり、AIを攻撃に利用する動き自体はすでに現実のものとなっている[11]。
AIは「原因」ではなく「脅威増幅要因(Threat Multiplier)」
この状況を理解するには、AIを新しい攻撃手法そのものと考えない方がよいと思われる。AIが大きく変えようとしているのは、次の3点である。
- Speed(速度)
- Scale(規模)
- Automation(自動化)
例えば従来の脆弱性攻撃では、次のプロセスが必要だった。

AIやAIエージェントを利用すれば、この一部を自動化できる可能性がある。同じことはフィッシングにも当てはまる。生成AIを利用すれば、大量のメールを作るだけでなく、標的に合わせた自然な文章を短時間で作成できる。つまりAIそのものがセキュリティ事故の直接的な原因になっているわけではない。むしろAIが変えつつあるのは、従来から存在する攻撃の「速度」「規模」「自動化」である。脆弱性の探索、攻撃コードの作成、攻撃対象の探索、フィッシングなどをAIによって高速化・自動化することで、従来から存在する脆弱性や認証情報の問題が、より短時間で攻撃に利用される可能性が高まる。このように、既存の脅威をより大きくする働きを「脅威増幅要因(Threat Multiplier)」と捉えることができる。
「AI普及」と「事故増加」の因果関係は証明されていない
ここでは相関関係と因果関係を区別する必要がある。現在、AI利用の拡大と同時に、次のような動きが観測されている。
- 脆弱性探索の高速化
- 攻撃コード生成支援
- フィッシング高度化
- マルウェア開発支援
- AIエージェントによる攻撃自動化
また日本では、不正アクセス、ランサムウェア、情報漏洩など多数の事故が公表されている。しかし、AI利用の増加→日本のセキュリティ事故件数の増加という因果関係を直接示す統計は、現時点では存在しない。
Mandiantも2026年のM-Trendsにおいて、2025年を「AIが直接breachを引き起こした年」とは位置付けていない。一方で、攻撃者が偵察、ソーシャルエンジニアリング、マルウェア開発などでAIを利用し、生産性を向上させていることは確認している。この区別は非常に重要である[12]。
本当に変わりつつあるのは「時間」である
AI時代のサイバーセキュリティで特に注目すべきと考えるのは、攻撃件数そのものよりも、攻撃に必要な時間の短縮であると考える。これまで防御側には、次のプロセスに充てる一定の時間があった。

しかし攻撃側の脆弱性探索、分析、攻撃コード生成、対象探索がAIによって高速化すると、脆弱性が攻撃可能になるまでの時間が短くなる。これは防御側にとって非常に大きな意味を持つ[8][12]。「毎月脆弱性スキャンを実施する」「年に数回ペネトレーションテストを実施する」といった周期型の脆弱性管理では、攻撃側の速度についていけなくなる可能性がある。
対策をどう整理するか ― 「Mythosレディ」の3層
では、攻撃側の時間軸が変わりつつある状況で、防御側は何から手を付ければよいのか。ここでは、CSAジャパンブログに掲載した筆者の「Mythosレディ」シリーズ[3][4][5]で示した3層に沿って整理したい。
同シリーズは、Anthropicが2026年4月に発表したClaude Mythos Previewを契機に、機械速度の攻撃が常態化する世界で組織が取るべき対策を論じたものである。そこでは、「Mythosレディ」を特定のAIツールへの対抗策としてではなく、背後にある構造的リスクに継続的に適応し続けられる組織の状態として捉えた[3]。これは、AIを根本原因ではなく脅威増幅要因と見る本ブログの立場と一貫している。 同シリーズで示した対策は、次の3層である。

この3層は、下から順に完成させていくものではなく、同時並行で育てていくものである。以下、順に見ていきたい。
第1層:基本対策 : まず基本の穴を塞ぐ
シリーズ第1回[3]では、Mythosレディへの第一歩を、新しいAI防御製品の導入ではなく、基本的なセキュリティの強化に置いた。その前提にあるのは、情報セキュリティの目的を「コントロール可能にすること」と捉える考え方である[3]。攻撃を完全に防ぐことはできなくても、影響を封じ込め、回復し、次に備えられる状態を保つことはできる。そして攻撃者は最も弱い点を狙うため、高度な対策より先に基本の穴を塞ぐ必要がある。 同ブログでは、今すぐ取り組む基本強化として5つの領域を挙げた。本ブログで見た国内事案と対応させると、次のようになる。
| 領域 | 主な内容 | 国内事案との関係 |
| 資産管理 | IT資産、SBOM、シャドーIT、AIエージェント資産を継続的に把握する | 把握していないVPN機器や公開サーバーは、修正も監視もできない |
| ネットワークセグメンテーション | 機能・リスク別に分離し、横展開を遮断する | 侵入後の被害拡大(ランサムウェアの全社展開など)を抑える |
| パッチ管理の継続化 | CVSSではなくKEVなど実際の悪用状況で優先する。同ブログでは、クリティカルパッチについて24時間以内の適用を目標例としている | 脆弱性悪用(39.7%)、VPN機器経由の侵入(55%) |
| IAM | 最小権限の徹底、過剰権限の棚卸し、フィッシング耐性MFAの展開。AIエージェントにも最小権限を適用する | ID・認証関連(34.5%)、リモートデスクトップ経由の侵入(31%) |
| 多層防御の再設計 | 単一の対策に依存しない設計、egressフィルタリング、継続的モニタリング | 一つの防御が破られた後の検知と、情報持ち出しの抑止 |
上記「日本の最近の事故では何が狙われているのか」で見た「従来型」の問題は、ほぼこの5領域に収まる。AI時代だからといって特別な対策が先に必要になるわけではない。AIによって増幅されるのは既存の弱点への攻撃であり、だからこそ基本対策の価値はむしろ高まっている。
第2層:ゼロトラスト : 侵入されても到達させない
基本対策を講じても、脆弱性悪用 → 侵入、あるいは認証情報窃取 → 正規アカウントによる侵入そのものを完全になくすことは難しい。したがって、「侵入させない」だけではなく「侵入されても重要資産まで到達させない」設計が重要になる。
ここでZero Trustの考え方が生きてくる。プロテクトサーフェスを明確にし、Identity、Device、Network、Application、Dataを継続的に評価し、最小権限を適用する。さらにマイクロセグメンテーションなどによって、侵害されたアカウントや端末から重要資産への横展開を抑制する。
シリーズ第2回[4]では、Mythosレディにゼロトラストが有効な理由を説明した。ゼロトラストは攻撃を完全に防ぐ手段ではなく、攻撃の難度を引き上げ、侵入から被害拡大までの時間を引き延ばすことで、人間が対応できる時間を確保する戦略と位置付けられる。攻撃側の時間が短縮されるのであれば、防御側は侵入後の時間を取り戻す設計を持つ必要がある。 委託先やサプライチェーン経由の侵入(19.0%)のように、正規の経路や正規のアカウントが使われる場合にも、アクセスのたびに検証し、到達範囲を限定する設計は有効に働くと思われる。
第3層:VulnOps / CTEM ― 悪用される前に発見し、修復する
ゼロトラストが侵入後の被害を限定する層だとすれば、第3層は侵入される前のExposureを減らす層である。VulnOpsが脆弱性の継続的な発見・優先順位付け・修復を担うのに対し、CTEM(Continuous Threat Exposure Management)は脆弱性だけでなく、設定、権限、攻撃経路などを含むExposure全体を継続的に評価・低減する枠組みである。シリーズ第3回[5]では、この両者をMythosレディの中核に位置付けた。
「毎月スキャンする」「年に数回ペネトレーションテストを実施する」といった周期型の脆弱性管理は、攻撃側に時間がかかることを暗黙の前提としていた。従来型の脆弱性管理は、Find → Patchという考え方になりやすかったが、実際には、すべての脆弱性を直ちに修正することはできない。そこで必要になるのが、継続的な運用である。GartnerのCTEMは、Scoping、Discovery、Prioritization、Validation、Mobilizationの5フェーズで定義されている。次に示すのはその5フェーズそのものではなく、VulnOps / CTEMを実装する際の本ブログでの運用例である[13]。

CVSSだけを見るのではなく、次の点を評価して、修復の優先順位を決める必要がある。
- 実際にInternetから到達可能なのか
- 既に悪用されているのか
- 重要なプロテクトサーフェスにつながっているのか
- 攻撃経路として成立するのか
- どの程度の業務影響があるのか
これは、第1層の「パッチ管理の継続化」を、攻撃側の速度に合わせて常時回り続ける運用へ発展させたものと言える。AIによって攻撃側のサイクルが高速化するのであれば、防御側も同じように継続的なサイクルへ移行する必要がある。
まとめ:AI時代に変えるべきなのは防御側の「時間軸」
ここまでを整理すると、2026年に相次いで公表されている日本のセキュリティ事故について、AIが直接的な原因であることを示す証拠は現時点では確認できない。実際に確認できる主要な侵入経路は、脆弱性、Identity、サプライチェーンなど、以前から存在していたものである。一方で、AIが攻撃者の能力を増幅し、探索、分析、攻撃コード生成、ソーシャルエンジニアリング、侵入後活動などを高速化・自動化し始めていることも事実である[8][9][11][12]。
したがって、「AIによってサイバー事故が増えた」と単純化するのではなく、「AIによって攻撃側の時間軸が変わり始めている」と捉える方が適切ではないだろうか。そして問題はAIそのものだけではない。攻撃側の時間軸が変わっているにもかかわらず、防御側が、月次スキャン、四半期レビュー、年次リスク評価という従来の時間軸のままでよいのか、という問題である。AI時代のセキュリティ対策で求められているのは、単に「AIを使ったセキュリティ製品」を導入することではない。「Mythosレディ」の3層に沿って言えば、次の3つを同時並行で進めることである。

Mythosレディは、一度到達すれば終わる状態ではない。攻撃側の速度に合わせて適応し続けられる状態を保つことであり、その出発点は、国内事案のデータが示すとおり、基本対策にある。
参考資料
民間調査
[1]デジタルアーツ株式会社「2026年上半期国内セキュリティインシデント集計」2026年7月28日公開
[2]Aioright Technologies株式会社 2026年7〜10月 国内サイバーセキュリティ事案143件の統計分析――攻撃種別・対象・侵入経路の全体像」 2026年10月6日公開
CSAジャパン ブログ(「Mythosレディとは何か」シリーズ)
[3]CSAジャパンブログ「Mythosレディとは何か ~ 機械速度の攻撃時代における組織生存の条件」 2026年5月26日公開
[4]CSAジャパンブログ 「Mythosレディとは何か(続編)~ Mythosレディにゼロトラストが有効な理由」 2026年6月3日公開
[5]CSAジャパンブログ 「Mythosレディとは何か(続編-2)~ VulnOpsとCTEM:継続的脆弱性管理の具体的な実装」 2026年6月5日公開
公的機関・ベンダー一次資料
[6]警察庁「令和7年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」
[7]Verizon, 2025 Data Breach Investigations Report(公表資料)
[8]Verizon, 2026 Data Breach Investigations Report(公表資料)
[9]IBM X-Force, 2026 Threat Intelligence Index
[10]警察庁「令和7年版 警察白書」第3項 ランサムウェアの情勢
[11]IPA「AIセキュリティ短信」
[12]Google Cloud / Mandiant, M-Trends 2026
[13]Gartner, Strategic Roadmap for Continuous Threat Exposure Management
補足資料
IPA「情報セキュリティ白書2026」
Google Threat Intelligence Group, AI Threat Tracker: From Prompting to Autonomy(2026-09-08)
以上
