カテゴリー別アーカイブ: VPN

セキュリティを脅威で語るかぎり、対策は終わらない

2026年6月13日
ゼロトラストWGリーダー 諸角昌宏

本ブログは、CSAジャパンとしての正式な見解ではなく、あくまで筆者の個人的な意見としてまとめたものである。しかしながら、この問題はクラウドセキュリティに関わる人に幅広く関係することとして、このCSAジャパン・ブログに掲載させていただく。皆さんの屈託のないご意見をいただければ幸いである。

はじめに:ツールは増えたのに、不安は減らない

セキュリティ対策の一覧表を開くとそこに並んでいるのは、EDR、SASE、WAF、SIEM、メールセキュリティ……。気がつけば、対策の一覧が「導入済み製品の一覧」になってはいないだろうか。

毎年新しい脅威レポートを読み、新しい製品を検討し、予算を確保し、導入する。それでも不安は消えない。次の脅威が報じられれば、また次の製品の検討が始まる。多くの組織で、セキュリティはこのサイクルの中にあると思える。

本ブログでは、このサイクルの原因が担当者の問題ではなく、「セキュリティを脅威への対抗として捉える」という捉え方そのものにあることを示し、意思決定の起点に置く問いを入れ替えることで、やるべきことの順番と、それを組織に通す力がどう変わるかを提案してみたい。

第1章. 脅威を主語にすると、対応は「脅威ごとの足し算」になる

セキュリティの議論は、多くの場合「脅威」から始まる。新型ランサムウェア、サプライチェーン攻撃、AIを悪用した攻撃。脅威を主語に置くと、問いは自動的に「この脅威をどう防ぐか」になる。

ここに見落とされがちな構造がある。脅威はマルウェア、エクスプロイト、DDoSといった、個別の技術的な現象として記述される。個別の脅威の粒度で立てられた問いは、その脅威に対応する個別の対策——検知ルールの追加、設定の強化、訓練、そして最も典型的には対策製品の導入——を引き寄せることになる。しかし、いずれの形を取るにせよ、対応は脅威ごとの足し算になる。フィッシングにはメール対策と訓練を、ランサムウェアにはEDRとバックアップを、という具合に、脅威と対策の対応表を埋めていく発想である。

もちろん、脅威の認識から組織の足腰に関わる対応に至る場合もある。ランサムウェアの被害事例を見て、バックアップと復旧体制の見直しに取り組んだ組織は実際にある。しかし注意深く見ると、そこでは問いがいつの間にか「この脅威をどう防ぐか」から「攻撃されても戻ることができるか」に翻訳されている。この翻訳が起きなければ、対応は最短距離にある個別対策の追加——多くの場合は製品の導入——に着地してしまう。問いの立て方は答えを決定するわけではないが、答えの探索範囲を強く方向づける。そして現状、この翻訳は仕組みではなく、担当者個人の力量か偶然に任されてしまっている。

この「脅威ごとの足し算」は、以下の3つの帰結を生むと考える:

  1. 第一に、対策の全体像が「脅威と対策の対応表」になり、表の行を埋めた時点で完了した気になってしまう。個々の対策が製品か設定か訓練かに関わらず、対策同士の整合性や、それらを支える土台(資産管理、復旧力など)の有無は問われない。
  2. 第二に、責任が脅威に最も近いセキュリティ部門とベンダーに局所化され、経営・業務部門・一般の従業員にとってセキュリティは「自分の問題ではない」ものになる。
  3. 第三に、脅威は無限に更新され続けるため、足し算も無限に続く。新しい脅威が報じられるたびに対応表に行が増え、予算と人の疲弊を生む。冒頭の「対策一覧がツール一覧になる」現象は、この足し算の力学に、製品の形で答えを供給する市場の力学が重なった、最も目に見える症状である。

実例:「VPNは危険だ」という言説

身近な例がVPNを巡る言説である。ランサムウェア被害の報道でVPNが侵入経路として言及されることが増え、「VPNは危険だ。脱VPN・ゼロトラスト移行を」という言説が広まった。脅威(VPN経由の侵入)を主語にした瞬間、答えは「VPNを捨ててZTNA/SASE製品を買う」という製品の置き換えになってしまう。

しかし、以前のブログ(「VPN利用の現状と脱VPNの現実性について」)において、「SaaSセキュリティリーグ」での実務者による議論が示す現実は、もっと複雑である。VPNの利用は、従業員のリモートアクセス・サードベンダー用アクセス・拠点間アクセスという用途ごとに事情が異なる。SIPの制約でVPNを残さざるを得ない領域があり、SASEのコストの問題があり、パートナーからVPN接続を求められれば運用での統制で対応するしかない場面もある。

つまり実務の答えは「製品の総入れ替え」ではない。自組織のアクセス経路を棚卸しして把握し、リスクの高い経路から優先的に手を打ち、技術で解決できない部分は運用で統制することである。さらに言えば、VPNが侵入経路となった事故の多くで実際に効いてくるのは、VPNという技術の存在そのものではなく、パッチ未適用の機器や多要素認証の不在、棚卸しされていないアカウント、つまり基本対策の穴である。

「VPNは危険だ」という脅威の語りは、この現実をすべて覆い隠し、「どの製品に乗り換えるか」という問いだけを残してしまうことになる。

注意: 断っておきたいこと

誤解のないように、これは現場のセキュリティ担当者への批判ではない。脅威ごとの足し算を続けさせてきたのは、脅威の深刻さでしか動かない予算プロセスであり、恐怖を喚起することが最も効率的な営業手段になっているセキュリティ市場の構造であり、さらに遡れば「情報セキュリティとはCIAを維持すること」という定義の構造である。この定義が歴史的にどう成立したかはともかく、CIAは結果として、攻撃者が情報に対してできること(見る・変える・使えなくする)に対応している。そのため、この定義のもとでは、関心が自然と「侵害が有るか無いか」に向かいやすい(この対応関係と、CIAを目的ではなく評価軸として捉え直す考察は、以前のブログ「ゼロトラストとCIA(前編)」「同(後編)」を参照)。

現場は、この構造の中で最善を尽くしてきた。問題は人ではなく、語りの構造にある。だからこそ、語りの構造を変えることに意味があると考える。

第2章. 捉え直し:セキュリティとは「コントロール可能にすること」

では、脅威の代わりに何を主語に置くべきか。

以前のブログ「ゼロトラストとCIA(後編)」は、情報セキュリティの目的を「コントロール可能にすること」、すなわち何が起きても、把握し・対処し・戻れる状態を保ち続けることと再定義することを提案した。CIAは目的ではなく、その状態を評価するための軸である。

この捉え直しの実践的な意味は、問いが変わることにある。「この脅威をどう防ぐか」ではなく、「何が起きても、我々は把握し、対処し、戻れるか」である。前者の答えは脅威ごとに積み上がる個別対策となるが、後者の答えは脅威を横断して効く組織の能力となる。資産を把握しているか。侵害の影響を限定できる設計になっているか。何日で事業を戻せるかを自分たちで決められているか。何が起きたかを後から説明できるか。これらは特定の脅威のための対策ではなく、どんな脅威に対しても効く土台であり、その大半は技術製品ではなく組織の営みである。脅威は無限に増えるが、保つべき能力は有限である。足し算が無限に続く世界から、有限の土台を育てる世界への転換と言うこともできる。

実例:Mythosレディの正しい読み方

この捉え直しが机上の空論でないことを示すのが、いま最も「脅威論」を煽りやすい題材、すなわちAIによる攻撃能力の問題であると考える。

2026年4月のClaude Mythos Previewの登場は、AIが脆弱性発見からexploit生成までを機械速度で実行しうることを示し、大きな衝撃を与えた。恐怖で語ろうと思えば、いくらでも語れる題材である。そして脅威論で受け取った組織は、「Mythosにどう対抗するか」「Mythos対策製品はどれか」という問いを立てるであろう。

しかし、「AI脆弱性の嵐」を解説したブログ「Mythosレディとは何か」は、まさにこの読み方を明確に退けている。Mythosレディとは「すごいハッキングツールに対抗する体制」のことではない。すなわち、脅威論として捉えるべきではない、と言っている。実際、各社モデルの能力は急速に収束しており、「Mythosだけを管理すればよい」という特定脅威への対応は、すでに現実から離れつつある。特定の脅威に紐づけた対策は、脅威が一般化した瞬間に意味を失う。脅威を主語にしたアプローチの賞味期限は、それほど短いと考えられる。

注目すべきは、この最先端の脅威に対して同文書が示した処方箋である。それは新しいAI防御製品の導入ではなく、まず取り組むべきは、資産管理、ネットワークセグメンテーション、パッチ管理の継続化、IAM、多層防御の再設計という基本対策の強化であり、その目的は「コントロール可能な状態の実現」である。高度な攻撃への対策より、基本の穴を塞ぐことが先決である。攻撃者は最も弱い点を狙う。

ただし、ここで言う基本対策は「一度整備すれば終わり」のものではない。ブログ「Mythosレディとは何か」の続編-2「VulnOpsとCTEM:継続的脆弱性管理の具体的な実装」が示すように、脆弱性の発見から武器化までの猶予が数時間レベルに縮むと言われている環境では、「スキャンしてパッチを当て、次のスキャンを待つ」という定期イベント型の運用は、その前提から崩れてしまう。だからこそこのブログでは、脆弱性の発見・優先順位付け・修復を常時回し続けるVulnOpsとCTEM、すなわち基本対策の継続的な運用化をMythosレディの中核に据えている。

機械速度のAI攻撃という、史上最も恐ろしげな脅威ですら、行き着く答えは新奇な対抗製品ではない。基本対策を、環境の変化速度に合わせて回し続け、コントロール可能な状態を「保ち続ける」ことなのである。

第3章. 基本対策は「地味な義務」ではなく「コントロール能力の部品」である

脅威を主語にした世界では、基本対策は分が悪い。脅威は常に「新しいもの」として報じられるが、資産管理もパッチ適用もバックアップも何十年も変わらず、ニュース性がなく、ベンダーが売り込む目玉にもならない。結果、最新製品が積み上がる横で、足元の基本が穴だらけになる。そして実際のインシデントの多くは、高度な攻撃ではなく、その基本の穴から起きている。

しかし「コントロール可能にすること」を目的に置くことで、基本対策の位置づけが一変する。基本対策とは、組織のコントロール能力を構成する部品そのものである。

  • 資産管理・ログ収集は「把握する」能力の実体である。何を持っているか知らずにコントロールはできない
  • アクセス制御・最小権限・MFAは「対処する」能力の実体である。侵害が起きたとき、攻撃者が動ける範囲を最初から狭めておく営みである
  • バックアップと復旧訓練は「戻れる」能力の実体である
  • 監査ログの保全・記録は「説明できる」能力の実体である
  • パッチ適用と脆弱性管理の継続運用は「適応し続ける」能力の実体である。VulnOps/CTEMは、この能力を機械速度の環境に対応させた実装形態にほかならない

高度な製品は、この基本の上に載る追加部品にすぎない。たとえば、資産台帳のない組織にEDRを入れても、アラートが指す先が分からなければ対処できないということが起こりうる。

第4章. 実践:問いを入れ替える

実践の核心は、新しい施策の追加ではない。意思決定の起点に置く問いを、入れ替えることである。第1章で見たように、脅威の問いから組織的な答えに至るには問いの「翻訳」が必要であり、それは現状、個人の力量か偶然に任されている。ならば、翻訳を偶然に任せず、最初から翻訳後の問いを置くようにしたい。つまり、「この脅威をどう防ぐか」をやめ、「何が起きても、我々は把握し、対処し、戻れるか」と問うことである。これは、抽象論ではない。セキュリティ担当者が日常的に立てる問い(あるいは経営や他部門から投げかけられる問い)に、そのまま当てはめることができるものである。以下に、そのいくつかの例をあげる:

場面よくある問い新たに入れ替えた問い
重大な脆弱性が公表されたCVSSスコアが高い。対応すべきか。この脆弱性は自社のどこに存在するか、それにすぐに答えられるか。実際の悪用は始まっているか。塞ぐまでの間、悪用に気づく手段はあるか。
他社の大きな被害が報道されたうちの会社は同じ攻撃を防げるか。同じことがうちの会社で起きたら、何時間で気づき、何日で事業を戻せるか。
ベンダーから製品提案を受けたこの製品はどの脅威を防げるか。この製品は我々のどの能力を高めるか。それを活かす土台(資産管理など)は整っているか。
インシデントの振り返りなぜ防げなかったのか。誰のミスか。検知・対処・復旧のどこで時間を失ったか。次は、もっと早く気づき、早く戻れるか。
新システムの導入審査セキュリティ要件のチェックリストを満たしているか。このシステムで事故が起きたとき、気づけるか(ログ)、影響を限定できるか(権限)、戻せるか(バックアップ)。
経営への報告・予算要求今月の脅威動向はこの通り。この脅威への対策費がほしい。検知から対処までの時間は縮んだか。元の状態に戻すのに、いくら投資するか。
従業員への注意喚起怪しいメールを開かせないために、どう注意喚起するか。異変に気づいた従業員が、責められずに、すぐ報告できるようになっているか。

以上のように、入れ替えの規則は単純である。よくある問いの主語は「脅威」や「製品」であるが、入れ替えた問いの主語はすべて「我々」であり、問うている中身は、第3章で挙げた能力——把握する、対処する、戻れる、説明できる、適応し続ける——のいずれかである。会議において問いが脅威や製品を主語にし始めたと気づいたら、「それは、我々のどの能力の話か」と置き直すことが重要である。それだけで、議論は製品の比較から、自組織の足りない土台の話に戻ってくると考えられる。

この問いの入れ替えは、特に経営との対話で効いてくると考えられる。脅威ベースの予算要求では、経営は投資の効果を確かめようがない。それは、攻撃が起きなかった場合、それが投資のおかげなのか、単に運が良かっただけなのかを、区別できないからである。効果が測れない以上、出すか出さないかの判断のよりどころは「どれだけ怖いか」しかなくなってしまう。したがって、恐怖が薄れれば予算は削られ、「昨年対策したのに、なぜ今年もまた要るのか」という問いに答えられなくなる。

これに対し、能力を問う形の予算要求では、投資の前後で数値化が可能になる。検知から対処までの時間がどれだけ縮んだか。復旧訓練で目標時間内に事業を戻せたか。資産の把握率がどれだけ上がったか。効果が測れれば、経営は他の事業投資と同じ物差しでセキュリティを評価し、判断できる。また、能力は放置すれば劣化するものだから、継続的に投資が必要な理由も自然に説明がつく。基本対策の地味な工数に予算と権限がつかないことに悩んでいる現場にとって、これは武器になるはずである。

なお、基本対策が進まない理由の多くは、現場の問題ではなく組織的な障壁である。パッチを当てたくても、古い基幹システムは業務への影響が大きくて止められず、停止する日程について関係部門の合意が取れない。資産の管理責任者が誰なのか分からない。業務部門の協力が得られない。これらは技術では解決できず、経営層の関与によってしか解決できない。NIST CSF 2.0がGovern機能を独立した柱に据えたのは、この認識の表れであると考える。だからこそ、経営に通じる問いへの入れ替えは、現場の自助努力の話ではなく、構造を動かすための要件なのである。

おわりに:脅威とは、天気予報のように付き合えばよい

最後に、誤解のないように以下の2つの点を補足しておきたい。

第一に、本ブログは「脅威を無視してよい」と言っているのではない。台風が近づいていると知れば、私たちは怖がって騒ぐのではなく、雨戸を閉め、ベランダの物を固定し、停電に備える。台風の情報は、人を怖がらせるためのものではなく、備えるためのものである。脅威の情報も同じように扱うべきであると考える。実際、現場では既にそうしている。脅威インテリジェンスを検知に活かすことや、実際に悪用されている脆弱性(KEV)から優先的にパッチを当てる判断は、まさに「備えるための情報利用」であり、「把握する」能力の一部である。本ブログが見直したいとしているのは、人を怖がらせて動かすための脅威の使い方であって、こうした実務まで否定するものではない。

第二に、「コントロール可能にすること」は、新しいバズワードでも、新しい製品カテゴリでもない。NIST CSF、Assume Breach(侵害を前提とする)、レジリエンスといった、現場がすでに知っている考え方を、一つの目的としてまとめ直したものである。この捉え直しのために、新しく製品を買うというようなものではない。

現場のセキュリティ担当者であれば、本ブログの内容の多くは、すでに肌で感じていることだと思う。防御製品を並べても侵害は起き、勝負を分けるのは把握と復旧であることを、インシデントを経験した人ほど知っている。足りていなかったのは知識ではなく、それを組織に通すための問いの立て方だったのではないだろうか。「この脅威をどう防ぐか」ではなく、「何が起きても、把握し、対処し、戻れるか」。この問いから始めることが重要と考える。

以上

小規模組織のリモートアクセスをどう守るか

2026年4月25日
諸角 昌宏

本ブログは、CSAジャパンとしての正式な見解ではなく、あくまで筆者の個人的な意見としてまとめたものである。しかしながら、この問題はクラウドセキュリティに関わる人に幅広く関係することとして、このCSAジャパン・ブログに掲載させていただく。皆さんの屈託のない意見をいただければ幸いである。

CSAジャパン・ブログでは、「VPNは本当に危ないのか」というテーマで2回の投稿を行った。最初のブログでは、VPNをめぐるリスクの構造を三層に分けて整理し、国内の統計データの正確な読み方、よくある意見への答え、そして対策の方向性について考察した。続編では、VPNの設計思想の問題に対してZTNAが提供している「ダークIP」について掘り下げてみた。なお、これらについては、本ブログの最後に記述する参考資料から参照していただきたい。

これらの2回のブログで十分整理できたと考えていたが、先日の「SaaSセキュリティリーグ」において小規模組織の観点がカバーできていないと指摘された。確かに、「VPNは危ない、ZTNAに移行すべきだ」という議論において、多くの場合それは大規模組織を念頭に置いた話である。専任のセキュリティチームがあり、IdPが整備され、ある程度の予算がある組織を前提にしている。では、IT担当者が一人または兼任で、予算も限られた小規模組織はどうすればいいのか。

本ブログでは、小規模組織に合わせた現実的な選択肢を整理してみたい。なお、本ブログの作成にあたって、「SaaSセキュリティリーグ」の皆様に管理的・技術的な観点でのご教授をいただいた。この場を借りて感謝いたします。

小規模組織でも「リスクの構造」は同じ

まず認識しておくべきことは、VPNのリスク構造は組織の規模に関係なく同じであるということである。VPNのリスクの構造を三層に整理した以下の内容である。

  • 第1層:製品脆弱性(CVE): パッチを当てていなければ規模に関係なく標的になる
  • 第2層:認証情報管理: 漏洩パスワード・MFA未設定・ゾンビアカウントは小規模組織ほど放置されやすい
  • 第3層:設計思想の欠陥: 公開ポートによるアタックサーフェスとラテラルムーブメントの許容は構造的な問題であり規模は関係しない

パッチ適用の遅れ、退職者アカウントの放置、外部ベンダーへのVPN発行後の管理不足等は、大企業より小規模組織で起きやすい。Colonial Pipeline事件も「IT担当者が見落としていた休眠アカウント」が発端であった。したがって、「うちは小さいから狙われない」は誤解であり、ランサムウェア攻撃の多くは組織の規模を問わず自動スキャンで脆弱な機器を探し出している。小規模組織は「狙いやすい標的」になりうる。

大規模組織と小規模組織の違い

以下にこの違いについて表でまとめてみる。完全な内容ではなくあくまで特徴的な点をまとめたものである。

観点大規模組織小規模組織
IT専任担当いる(チームで対応)いない・兼任が多い
IdP整備状況Entra ID等すでにあるMicrosoft 365、Google Workspace導入済みなら実質整備済み。オンプレADのみの場合はクラウドIdPが未整備
ポリシー設計・維持専任チームが担える誰がやるか問題になる
予算ある程度確保できる限られることが多い
外部ベンダー管理数十社。管理が複雑数社。関係は密だが管理が属人化しやすい
リスクの特徴攻撃対象になりやすいパッチ対応、アカウント管理が遅れやすい

大規模組織向けのZTNA移行論では「まずIdPを整備し、ポリシー設計チームを組んで…」という前提が当たり前のように語られる。しかし小規模組織にとってこれらは高いハードルになりうる。IdPについては、Microsoft 365やGoogle Workspaceをすでに導入している組織であれば実質的に整備済みであり、このハードルは低い。一方、オンプレADのみの組織では、クラウドIdPの整備が先行課題になる。いずれにせよ、VPNを使い続けることのリスクは規模に関係なく存在する。

したがって、「大規模組織と同じアーキテクチャを目指しながら、小規模組織の制約(人員、予算、IT成熟度)に合った現実的な進め方はないか」ということを考えてみたい。以下にその選択肢を示す。

小規模組織向けの現実的な選択肢

選択肢A:クラウドZTNA(SaaS型)の直接導入

小規模組織にとって最も現実的なアプローチは、SaaS型のZTNAを直接導入することであると考える。近年、以下に示すように中小向けの価格設定、シンプルな管理画面を持つ製品が増えているので、これを利用することを考えたい。

製品・サービス特徴小規模向けの適合性
Cloudflare Zero Trust無料枠あり(50ユーザーまで)。セットアップが比較的容易。◎ 無料枠で試せる点が強み
TailscaleWireGuardベースのL4型。
UIがシンプル・設定が少ない・無料プランあり
◎ IT担当が少ない組織に向く
Twingateエージェントレス対応あり。SaaSライクな管理画面・中小向けプランあり○ 外部ベンダー管理に有効
Microsoft Entra ID + アプリプロキシMicrosoft 365ユーザーなら追加コスト低い。IdP兼用できる○ M365導入済みなら検討しやすい

これらの製品の共通点は「IdPとしてGoogle WorkspaceやMicrosoft 365を使える」という点である。Microsoft 365やGoogle Workspaceを導入済みの組織であれば、ZTNAに必要なIdP機能はすでに手元にある。オンプレADのみの組織と異なり、IdP整備のためだけに新たな製品、費用が発生しない点でZTNA移行のハードルが低い。ただしライセンスプランによっては条件付きアクセスやデバイスポスチャ評価に必要な機能が含まれない場合があるため、事前に確認が必要だ。

【技術的な補足】三層への対応と残存リスク

第1層(CVE): VPNアプライアンスを廃止するためダークIPが実現し、CVEを突く直接攻撃の入口がなくなる。ただしIdP自体は外部公開されており、そこへの攻撃は別途対策が必要になる。
第2層(認証情報): IdP連携でMFAを必須化しやすく、アカウントの即時失効も容易になる。残存リスクはMFA疲労攻撃・AiTMフィッシングのようなセッション乗っ取りなどがある。
第3層(設計思想): 「公開ポートをなくす」と「認証後のネットワーク全体アクセスを制限する」の両方が実現できる。残存リスクはポリシー設計が粗い場合の形骸化と、移行期にVPNとZTNAが並存することによるハイブリッドリスクが考えられる。

【補足】ADドメイン非参加の独立ネットワーク(子会社・グループ会社等)への適用

子会社やグループ会社が、親会社のADドメインに参加しておらず、IdPやZTNA基盤を含めて独立した環境を運用していることがある。このような場合でも、エージェント型ZTNAは各組織単位で独立して導入・運用できる。ZTNAの実装は必ずしも親会社とのIdP統合やディレクトリ統合を前提とするものではなく、各組織が自らのIdPとポリシー基盤を用いてアクセス制御を完結させる構成も技術的に成立する。
一方で、IdPとZTNA基盤が組織ごとに分離された構成では、アクセス制御ポリシーと認証・認可の判断が各組織内で完結するため、組織横断的なポリシーの一元適用や統合的なアクセス制御は実現されない。親会社と子会社の間でユーザー属性やデバイス状態に基づく統一したコントロール(条件付きアクセスやリスクベース認証など)を実現したい場合は、IdPの統合またはSAML・OIDCによるフェデレーションが前提条件になる。
整理すると、エージェント型ZTNAはIdP統合の有無にかかわらず導入できる。ただし「各組織が独立して運用する構成」と「組織横断的に統合して運用する構成」では実現できることが異なる。そこで、まず子会社単体でZTNAを導入し、その後グループ全体でのIdP統合・フェデレーションを段階的に進めるアプローチが現実的と思われる。
なお、グループ共通のIDaaS基盤が整備されていればスムーズだが、現実にはアカウント構成が組織ごとに異なるケースが多い。製品によって対応は様々だが、以下のようなパターンで環境に合わせた接続設計を検討することが考えられる。

  • IDaaSとのSSO連携: 子会社が独自のIdPを持つ場合、SAML・OIDCによるフェデレーションでZTNA製品と連携させる(上記内容)
  • インストーラへのユーザー情報埋め込み: エージェントのインストーラにユーザー情報をあらかじめ組み込み、端末単位で設定を完結させる
  • メール認証の利用: IDaaS統合が難しい環境では、メールアドレスベースの認証で接続を許可する構成も選択肢になる

いずれのパターンも、組織単位、場合によっては端末単位での個別設計が必要になる。「まず動かせる構成で導入し、IdP統合は並行して進める」というような段階的なアプローチが現実的と考える。

選択肢B:外部ベンダーアクセスだけをZTNA化する

全社員のリモートアクセスをZTNAに切り替えるのが難しくても、「外部ベンダー・委託先のアクセスだけをZTNAに変える」という部分的なアプローチは小規模組織でも現実的である。
外部ベンダーへのVPN発行は、小規模組織でも特にリスクが高い部分である。保守ベンダーが退職しても誰も気づかずアカウントが残る、複数のベンダーが同じVPN認証情報を共有しているなど、こういった問題は小規模組織では起きやすい。
ZTNAで外部ベンダーのアクセスを管理することで、以下のような効果が得られる。

  • アクセスを「必要なサーバー、ポートのみ」に限定できる(保守対象サーバーへのSSHのみ等)
  • 契約終了時にアクセス権を即時削除できる(ゾンビアカウントの防止)
  • アクセスログを記録し、不審な操作を把握できる

【技術的な補足】三層への対応と残存リスク

第1層(CVE): 外部ベンダー向けのVPNアプライアンスをなくすことができるが、社員向けVPNが残る場合は第1層のリスクが継続する。
第2層(認証情報): 外部ベンダーのゾンビアカウント、アクセス過剰という最も典型的な第2層のリスクを効果的に抑制できる。SDPアーキテクチャを採用することで、ベンダーデバイスにエージェントなしで制御を適用できる。
第3層(設計思想): 外部ベンダーの部分ではラテラルムーブメントを抑制できるが、社員向けVPNが残る限りそちらの設計思想の欠陥は解消されない。部分的な対処にとどまる点を認識した上で、段階移行の第一歩として位置づけるのが現実的と思われる。

選択肢C:VPNを維持しながら第2層を徹底する

今すぐZTNAに移れない場合でも、認証情報管理(第2層)を徹底するだけでリスクを大幅に低減できる。これは予算がほぼかからない対策でもあるし、「VPNを使い続けながらできる最低限の対策」と考えられる。ZTNAへの移行計画と並行して、今日から実施できるものである。

  • 全VPNアカウントにMFAを設定する
  • 退職者・外部委託先の未使用アカウントを今すぐ棚卸しして無効化する
  • パスワードポリシーを強化し、過去に漏洩したパスワードが使われていないか確認する。Have I Been Pwned等のサービスで自社ドメインのメールアドレス漏洩を確認するのも有効である。

【技術的な補足】三層への対応と残存リスク

第1層(CVE): VPNを維持するため第1層のリスクはそのまま残る。パッチ未適用の期間が「無防備な状態」であることは変わらない。
第2層(認証情報): MFA徹底とアカウント棚卸しで最も頻度の高いリスクを直接低減できる。コストがほぼかからない割に効果が大きいと思われる。残存リスクはMFA疲労攻撃・AiTMフィッシングなどがある。
第3層(設計思想): VPNの設計思想の欠陥は解消されない。公開ポートは残り続け、認証後のラテラルムーブメントも許容されたままである。

選択肢D:MSP(マネージドサービスプロバイダ)の活用

IT担当者が一人または兼任の組織では、ZTNAの導入・運用を自社でやりきることが難しい場合がある。その場合、ZTNAの導入・運用をMSPに委託するアプローチが現実解になりうる。
日本国内でもZTNAの導入支援・運用代行を提供するMSPが増えつつある。ポリシー設計・監視・インシデント対応を含めて委託することで、「担当者が一人でも動かせる」体制を作れる可能性がある。

ただし、MSPに委託する場合は、責任分界点、ログへのアクセス権、インシデント発生時の対応などのSLAを契約段階で明確にしておくことが重要である。「任せきり」にすることは、問題が起きたときの対応が遅れるリスクになる。

【技術的な補足】三層への対応と残存リスク

第1層・第3層(CVE・設計思想): 選択肢Aと同様の効果が得られる。MSPがZTNAを運用することでVPNアプライアンスを廃止でき、ダークIPと最小権限アクセスを実現できる。
第2層(認証情報): MSPがアカウント管理・棚卸しを代行することで、属人化リスクを軽減できる。

残存リスクとして、MSP自体が侵害された場合に自組織のZTNA環境に影響が及ぶ可能性がある。また責任分界点が不明確なままだとインシデント対応が遅れるリスクがある。MSP選定時にはSLAの確認が重要である。

発展形としてのSSE(Security Service Edge)

選択肢ではないが、SSE(Security Service Edge)がある。GartnerがSASEのセキュリティ機能部分として定義したもので、以下の機能をクラウドで統合して提供する。

  • SWG: Webトラフィックのフィルタリング・マルウェア検査
  • CASB: SaaS/クラウドアクセスの可視化・制御・データ漏洩防止
  • FWaaS: クラウド型ファイアウォール

SaaSを中心に業務を行っている小規模組織では、ZTNAだけでは「誰がどのSaaSに接続しているか」「シャドーITが発生していないか」「SaaS上のデータが外部に持ち出されていないか」といった可視性・制御の課題が残りやすい。SSEはこれらをZTNAと一体で解決できる点で、SaaSセキュリティに課題を抱える組織に特に適している。
SSE導入について、小規模組織にとっての現実的な進め方としては、まずZTNA(選択肢A)から始め、SaaSの可視性・制御の課題が顕在化した段階でSSEに発展させる段階的なアプローチが適切と考える。Zscaler、Netskope、Cloudflare One等の主要SSE製品は中小向けのプランを提供している。

【技術的な補足】三層への対応と残存リスク

第1層・第3層(CVE・設計思想): ZTNAを前提とするため、VPNアプライアンスを廃止でき、ダークIPと最小権限アクセスが実現する。
第2層(認証情報): ZTNAのMFA必須化・アカウント管理に加え、CASBによりSaaS上の異常なデータアクセスの検知も可能になる。
残存リスクはZTNA単体と同様で、IdPへの攻撃、ポリシー形骸化、ハイブリッド移行期のリスクがある。加えてSSEは機能が多い分、設定の複雑さが増す点は考慮が必要かもしれない。

以上の4つの選択肢とSSEについて、VPNのリスク三層を表にまとめると以下になる。

選択肢三層対応残存リスク
選択肢A(SaaS型ZTNA導入)第1層◎ 第2層○ 第3層◎IdP自体への攻撃、ポリシー設計の粗さ、移行期のハイブリッドリスク
選択肢B(外部ベンダーのみZTNA化)第1層△ 第2層○ 第3層△社員のVPNは残るため第1層・第3層の問題は社員アクセス部分で継続
選択肢C(VPN維持+第2層の徹底)第1層✕ 第2層○ 第3層✕第1層・第3層は未解決のまま。CVE発見時の無防備期間とラテラルムーブメントリスクは継続
選択肢D(MSP経由のZTNA)第1層◎ 第2層○ 第3層◎MSPへの依存による責任分界点の不明確化、MSP自体が侵害された場合の影響拡大のリスク
SSE(ZTNA+SWG+CASB)第1層◎ 第2層◎ 第3層◎IdPへの攻撃、ポリシー形骸化、設定の複雑さが増大(MSP経由が代案)

(注:◎=根本的に対処、○=対処できる、△=部分的、✕=対処できない)

小規模組織が陥りやすい落とし穴

「外部ベンダーと長い付き合いだから大丈夫」

信頼関係がある外部ベンダーだからこそ、アクセス権の見直しが後回しになりやすい。しかし攻撃者はベンダーの認証情報を狙ってくる。ベンダーとの信頼関係とアクセス権の適切な管理は別の話として考える。

「うちはSaaSしか使っていないからVPNは関係ない」

SaaS中心の組織でもVPNを使っているケースは多い。バックオフィスシステム、社内ファイルサーバー、クラウド管理コンソールへのアクセスにVPNを使っていないか等、今一度確認することが必要と考える。

「無料プランのZTNAで十分」

無料プランはスタートに最適だが、ユーザー数、ログ保存期間、サポートに制限がある場合が多い。特にログ保存はインシデント発生時の調査に不可欠であり、無料プランの制限を把握した上で判断する必要がある。

「スプリットVPNで設定したから大丈夫」

スプリットVPNは、通信先によってVPN経由と直接インターネット経由を使い分ける設定である。たとえば「社内リソース宛てはVPN経由、Microsoft 365やYouTubeは直接インターネットへ」という形で通信経路を分割する。SaaSアクセス時のバックホール問題(遅延・帯域圧迫)を軽減できるため、テレワーク環境で広く使われている。
課題としては、VPN外に出るトラフィック(SaaS・クラウド宛て)には、社内のセキュリティポリシーが適用されなくなる。シャドーITが発生しても可視化できず、社外からの通信がそのままエンドポイントに届く状態になる。またスプリットVPNはVPNの第3層の設計思想の問題(公開ポートによるアタックサーフェスとラテラルムーブメントの許容)は残るので、利用にあたってはこのような点を注意する必要がある。

小規模組織が今日から始められること(優先順位順)

小規模組織が取れる行動を、コストと緊急度で整理すると以下のようになると考える。

  • 【今すぐ・コストほぼゼロ】VPNアカウントの棚卸し: 退職者・外部委託先の未使用アカウントを洗い出して無効化する
  • 【今すぐ・コストほぼゼロ】MFAの全アカウントへの設定: Microsoft 365やGoogle Workspaceの認証機能を使えばほぼ無料で実現できる
  • 【今すぐ・コストほぼゼロ】VPN機器のパッチ確認: 使用中のVPN製品の最新CVEと適用状況を確認する
  • 【短期・低コスト】外部ベンダーアクセスをZTNAに移行: Cloudflare Zero TrustやTailscaleの無料プランで試験導入できる
  • 【中期・要予算検討】全社員のリモートアクセスのZTNA化: Microsoft 365等のIdPを活用し、段階的に移行する

まとめ

小規模組織には、小規模組織向けの方法がある。「VPNは危ない」という問題は規模に関係なく当てはまるが、解決策は大規模組織と同じである必要はない。SaaS型ZTNAの活用、外部ベンダーアクセスからの部分的移行、MSPの活用など、規模に合った現実的な選択肢が存在する。まず今日できることから始め、段階的にアーキテクチャを近代化することが重要であると考える。

参考資料

以上

VPN利用の現状と脱VPNの現実性について

第5回SaaSセキュリティリーグ会議

「SaaSセキュリティリーグ」は、SaaSユーザー企業の実務者同士で情報交換を行う取り組みである。SaaS管理者やセキュリティ担当者を横串でつなぎ、知見交換を行うことで、セキュリティレベル向上に貢献していくことを目的としている。ここでは、「SaaSセキュリティリーグ」が行った第5回会議の内容をまとめて公開する。

問題点の概要

「VPNは危険だ」という言説が広まっている。ランサムウェア被害の報道でVPNが侵入経路として言及されることが増え、セキュリティベンダーはこぞって「脱VPN・ゼロトラスト移行」を訴えている。

このような状況を受けて、今回のSaaSセキュリティリーグでは、VPN利用の現状、ZTNAへの移行状況等についてディスカッションを行った。

ディスカッション内容

  1. VPN利用状況の現状:VPNをどのような用途で使っているか
    VPN自体は、現状各組織で使われている状況である。VPNの問題自体は認識されており、ZTNAへの移行に向けての作業、準備が進められている。
    VPNの利用については、以下の3つのポイントで考える必要があり、この中で、VPNの廃止を進めているのは、リモートアクセスおよびサードベンダー用アクセスということである。
    • 従業員のリモートアクセス
    • サードベンダー用アクセス
    • 拠点間アクセス

      また、お客様の方でVPNアクセスを求められることがあり、これはVPN接続せざるをえないという指摘があった。その際には、運用として会社のネットワークからは使わせないようにする対応を取っているとのことである。
  2. SaaS/クラウドへのアクセスはVPN経由かどうか
    リモートアクセスとSaaSアクセスは特に区別せず同じ扱いをしている。
    一旦オンプレにつないでからクラウドにアクセスしている。
    スプリットVPNも使われているが、あくまで限定した形での利用とている。特に、Zoom・Teams等のリアルタイム通信が必要とされる場合に利用している。

    クラウドアクセスのパターンは以下の3つに分けられる:
    • SASE/CASB経由
    • 端末からダイレクトにクラウドサービスに接続(パフォーマンス、可用性の問題)。
    • ZTNAであっても、一旦社内に持ってきてからインターネットに接続する(アクセス元を管理したいケースに利用)。IPアドレスでコントロールし、外に出るIPアドレスで経路を特定することができる。
  3. VPN廃止の検討、計画の状況
    従業員のリモートアクセスおよびベンダーアクセスVPNは全廃の方向で進めている。従業員のリモートアクセスについては、インターネット経由はすでに無くしているところもあり、ZTNAに移行している。リモートデスクトップに近いやり方で制御している。
    ベンダーアクセスについては、なるべく無くす方向で進めている。主要な相手とは専用回線のVPNで対応している。
    拠点間アクセスは、継続してVPNを利用している。
  4. ZTNA(SASE)への移行の問題点
    VPNを廃止する場合の問題点として、以下が上げられた:
    • SIPがルーターを超えられないので、VPN接続せざるを得ないところがある。コールセンターの音声系など。
    • SASEが高い。
    • 子会社の一部などADドメインに参加していない独立したネットワークがある。ADドメインに参加していない子会社の端末でも、ZTNAエージェントをインストールしてIdPでログインできれば、同じポリシーで制御できるのではないか。
    • SaaS製品の問題がネットワーク側の問題とされるケースがあるが、SASEとほかの製品との問題点の切り分けは特に問題にはなっていない。
  5. その他
    • 中小企業向けの対策としてZTNAはどうなのか、軽量な接続方法としてVPNは残るかという観点での検討が必要ではないかという指摘があった。Tailscale などの利用の検討する必要があるとのことである。また、SaaSを中心に業務を行っている小規模組織に対しては、SSEの利用も考えられるのではという指摘があった。
    • 経済産業省「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度に関する制度構築方針」において、発注者(委託元)が取引先(受注者・委託先)に対してセキュリティ強化を依頼した場合に、セキュリティ対策コストの価格転嫁ができるとの意見があった。これにより、ZTNAへの移行が進められるかもしれないという指摘である。
  6. 参考資料

以上

VPNは本当に危ないのか(続編) ~ ダークIPで防げること・防げないこと

2026年4月3日
諸角 昌宏

本ブログは、CSAジャパンとしての正式な見解ではなく、あくまで筆者の個人的な意見としてまとめたものである。しかしながら、この問題はクラウドセキュリティに関わる人に幅広く関係することとして、このCSAジャパン・ブログに掲載させていただく。皆さんの屈託のない意見をいただければ幸いである。

本ブログは、3月26日に公開した「VPNは本当に危ないのか」の続編として、VPNの設計思想の問題に対してZTNAが提供している「ダークIP」について掘り下げてみる。なお、前のブログに対して「VPN対策はゼロトラストではないのか」という質問が寄せられた。ここでは、ゼロトラスト(ZT)とゼロトラストネットワークアクセス(ZTNA)の違いについての説明は行わないが、前のブログおよびこのブログで説明しているのは、ZTではなくZTNAであるということを述べておく。

まず、VPNのリスクについておさらいする。VPNのリスクは性質の異なる三つの層に分かれている。

  • 第1層:製品脆弱性(CVE)のリスク——VPN製品自体に脆弱性が発見されるたびに、パッチ適用までの間が無防備な状態になる
  • 第2層:認証情報管理のリスク——漏洩したパスワードやMFA未設定のアカウントが侵入口になる
  • 第3層:設計思想の欠陥——公開ポートによるアタックサーフェスの恒常的な存在と、認証後のラテラルムーブメントを許容する構造

「ダークIP」は、主にこの第3層「設計思想の欠陥」を解決するアプローチである。第1層・第2層のリスクはパッチ管理やMFA強化で対処する一方、ダークIPは公開ポートによるアタックサーフェスを根本から排除することで第3層の問題に対処する。さらにその副次的な効果として、公開ポートが存在しなくなることにより第1層のCVE直接攻撃も成立しにくくなる。ただしダークIPの効果はすべての脅威に及ぶわけではなく、防げる脅威と防げない脅威がある。本ブログではその範囲を整理していきたい。

ダークIPの仕組み

ZTNAの重要な特徴としての「ダークIP」は、サーバーや内部リソースのIPアドレスをインターネット上から不可視化する仕組みである。

VPNではアプライアンスが常時インターネットに公開されたポートを持っている。攻撃者はスキャンエンジンを用いて公開されているポートを見つけ、脆弱性の有無を調べて攻撃を仕掛ける。「公開ポートが存在する=攻撃の入口が常に存在する」という構造になる。 ZTNAのダークIPはこの構造を根本から変えている。内部リソースはZTNAのコネクタ(ゲートウェイ側に設置)を介してのみアクセス可能であり、サーバーのIPアドレス自体がインターネット上に露出しない。攻撃者がスキャンしても存在自体が見えず、直接攻撃の糸口をつかみにくくなる。つまり、以下のような関係になる。

  • VPN: 外部 → 公開ポート(常時露出)→ 内部ネットワーク
  • ZTNA: 外部 → ZTNAゲートウェイ(認証・ポリシー評価)→ 内部リソース(IPアドレス非公開)

なお、ダークIPはアタックサーフェスを大幅に削減することができるが、すべての攻撃を防ぐことができるわけではない。以下でその効果の範囲を整理してみる。

ダークIPで防げること

外部からの無差別スキャン・自動探索

攻撃者はスキャンツールを使い、インターネット上の脆弱なポートを探索する。VPNアプライアンスの公開ポートはこのスキャンに必ず引っかかり、ターゲットリストに載り続けるリスクがある。 ダークIPではサーバーのIPアドレス自体がインターネット上に存在しないため、スキャンの対象にならない。AIによる自動スキャンが高度化している現在、この効果はより重要になっている。

VPNアプライアンス自体へのCVE直接攻撃(第3層対処の副次的効果)

IvantiやFortinetなどVPN製品に重大なCVEが発見されるたびに、公開ポートを持つアプライアンスが直接攻撃を受ける(第1層のリスク)。ダークIPは本来、第3層の設計思想の欠陥——公開ポートの恒常的な存在——を排除するためのアプローチだが、公開ポートがなくなることで攻撃者がCVEを突く糸口自体がなくなることになる。第3層への対処が第1層のリスクも連鎖的に軽減するという副次的な効果となる。

ビジネスサプライチェーン経由の侵入

取引先・委託先・子会社などを踏み台にして本体ネットワークに侵入する手口である。VPNでは委託先に広いネットワークアクセスを与えてしまうため、委託先が侵害されると本体にも被害が及びやすい。

ZTNAの最小権限アクセスと組み合わせることで、委託先のアクセスを特定のアプリのみに限定できる。侵入経路が限定されるため被害範囲を大幅に縮小できる。

VPNでは委託先にVPNアカウントを発行すると、ネットワーク全体への通路を開けることになる。委託先が侵害された場合、その通路を通じて攻撃者が内部を移動できてしまうリスクがある。ZTNAでは「ネットワーク全体ではなく、特定のアプリケーション・リソースへのアクセスのみ許可する」という設計のため、委託先が侵害されても攻撃者が到達できる範囲を許可されたアプリに限定できる可能性がある。

ZTNAでは以下のようなポリシーをアクセスごとに適用できる。なおZTNAの実装アーキテクチャの一形態であるSDP(Software Defined Perimeter)を採用することで、委託先のデバイスにエージェントをインストールしなくても、これらの制御を適用できる。

  • アクセス先の限定: 委託先Aは保守対象サーバーのポート22(SSH)のみ、委託先Bは特定の業務アプリのみ、といった粒度で制御できる
  • 時間・コンテキストによる制御: 接続時間帯・接続元地域・デバイスの健全性(EDR導入済みか等)を条件にアクセスを制限できる
  • セッションの記録・監視: 委託先のアクセスセッションをログとして記録し、異常な操作を検知できる
  • 退職・契約終了時の即時失効: 人事システムとの連携により、委託先の契約終了と同時にアクセス権を自動的に無効化できる(VPNで問題になるゾンビアカウントを防ぐ)

VPNが「委託先にネットワークへの扉を開ける」設計であるのに対し、ZTNAは「必要な窓口だけを、必要な期間だけ、必要な相手にだけ開ける」設計である。ビジネスサプライチェーン攻撃への対策として、ZTNAはVPNより構造的に優れているといえる。

ダークIPで防げないこと

認証通過後のアプリケーション層の脆弱性攻撃

ZTNAは「誰が・どのデバイスから・何に」アクセスするかを制御する。しかしアクセスを許可した後、そのアプリケーション内部にSQLインジェクションやバッファオーバーフロー等の脆弱性があれば、正規ユーザー経由で攻撃が成立してしまうリスクがある。 これはダークIPの問題ではなく、アプリケーション層のセキュリティの問題である。WAF(Webアプリケーションファイアウォール)・SAST・DASTなどの別の対策が必要になる。

ソフトウェアサプライチェーン攻撃

正規のソフトウェアアップデートにマルウェアを混入させる手口として、SolarWinds事件(2020年)がその代表例である。正規の署名付きアップデートとして配布されたため受け取った組織には見分けがつかない。 ZTNAからは「正規デバイス・正規ユーザー・正規ソフトウェア」として認識されてしまうため、ネットワークアクセス制御では防げない。ソフトウェアの完全性の検証はZTNAの対象外であり、SBOM(ソフトウェア部品表)管理・コード署名検証・EDRとの組み合わせが必要である。

内部不正

正規ユーザーによる意図的な悪用はZTNAのポリシー評価を通過してしまう。ただし最小権限の設計により、アクセスできるリソースが限定されるため被害範囲を縮小できる可能性はある。内部不正の防止には、行動監視(UEBA)・職務分掌・定期的なアクセス権レビューなど別の対策が必要となる。

「攻撃対象面の消去」ではなく「削減」

ZTNAの説明でしばしば「攻撃対象面(アタックサーフェス)をゼロにする」という表現が使われるが、これは正確ではない。ダークIPが実現するのは「外部からのスキャン・直接攻撃に対するアタックサーフェスの根本的な削減」である。

認証を通過した後のアプリ層・ソフトウェアサプライチェーン・内部不正といった脅威には効果が及びにくい。ZTNAはセキュリティの万能薬ではなく、多層防御の重要な一層として位置づけるべきである。 WAF・EDR・UEBA・SBOM管理などとの組み合わせが、ZTNAの効果を最大化する。

まとめ:効果の一覧

ここでは、以上の内容をまとめて、ダークIPの効果について以下の表にまとめた。

その他、ZTNAとして別途考慮すべき課題

以上、ZTNAのダークIPについてその効果、課題について整理した。ZTNAについては、その他にも考慮すべき課題がある。それらについて、技術的課題と管理的課題に分けて、深刻度順に整理したので参考にしていただきたい。なお、深刻度は筆者の個人的な評価である。

技術的課題(深刻度順)

  1. IdPの外部公開エンドポイント問題(深刻度:高)
    ZTNAのコントロールプレーンであるIdP(EntraID・Okta等)はインターネットに公開されており、ダークIPの保護対象外である。IdPが侵害されるとポリシー全体が書き換えられ、ZTNAのアクセス制御が根底から機能しなくなるリスクがある。被害範囲が組織全体に及ぶ深刻なリスクであり、IdPの冗長化・MFA強化・Conditional Accessの設計を別途行う必要がある。
  2. 移行期のハイブリッド運用リスク(深刻度:高)
    VPNとZTNAの並行運用期間中は両方の攻撃面が同時に存在する。VPNの公開ポートは残り続け、ZTNAのポリシーはまだ未成熟という状態が生まれやすい。移行設計を誤ると一時的にリスクが増大する逆転現象が起きうるため、段階移行の計画において最も注意が必要な期間である。
  3. デバイスポスチャ評価の限界(深刻度:中)
    ZTNAはデバイスの健全性(EDR導入・パッチ状態等)をポリシー条件にできるが、ポスチャ評価は「既知の基準への適合」を確認するものであり、ゼロデイマルウェアに感染したデバイスが通過してしまう場合がありうる。「ポスチャチェックをしているから安全」という過信が最大のリスクとなる。最小権限設計で被害範囲は限定できるが、過信を防ぐことが重要である。
  4. セッション継続検証の実装の差(深刻度:中)
    ZTNAの原則は「継続的な検証」であるが、製品によってはセッション確立後の再検証頻度が低いものがある。長時間セッション中にデバイス状態が悪化しても検知されない場合がありうる。製品選定時に再検証の頻度・トリガー条件を評価基準に含めるべきである。

管理的課題(深刻度順)

  1. ポリシー設計・維持の継続的負荷(深刻度:高)
    最小権限ポリシーは「設計して終わり」ではなく、業務変化に合わせた継続的な見直しが必要である。放置されたポリシーはVPN同様の広範アクセスを許容することになりかねず、ZTNAを導入した意味が損なわれるリスクがある。さらに「ZTNAを入れているから安全だ」という誤った安心感を生みやすい点が深刻である。ポリシーレビューの頻度・体制・担当者スキルを運用設計に組み込む必要がある。
  2. 責任分界点の明確化(深刻度:高)
    ZTNAをSaaSで利用する場合、セキュリティの責任がどこまでベンダー側にあるかを明確にする必要がある。インシデント発生時に責任の所在が不明確だと対応が遅れ被害が拡大するおそれがある。調査・対応における情報提供義務・ログへのアクセス権・SLAの内容を契約段階で確認すべきである。
  3. ベンダーロックインとガバナンス(深刻度:中)
    ZTNAは標準化が未成熟であり製品間の相互運用性が低い。特定ベンダーに依存した構成になると乗り換えコストが高くなりうる。ベンダー選定時に「標準プロトコルへの準拠度」「データのポータビリティ」を評価基準に含めるべきである。後からの対処が困難な点で長期的なリスクが高い。
  4. ログの保全とコンプライアンス(深刻度:中・業種依存)
    ZTNAのコントロールプレーンがSaaSで提供される場合、アクセスログがベンダーのクラウドに保存される。ログの保存期間・保存場所・アクセス権がISMS・個人情報保護法・金融規制等のコンプライアンス要件を満たすかを確認する必要がある。特に、金融・医療等の規制業種では深刻度が最上位になりうる。

以上

VPNは本当に危ないのか

2026年3月26日
諸角 昌宏

本ブログは、CSAジャパンとしての正式な見解ではなく、あくまで筆者の個人的な意見としてまとめたものである。しかしながら、この問題はクラウドセキュリティに関わる人に幅広く関係することとして、このCSAジャパン・ブログに掲載させていただく。皆さんの屈託のない意見をいただければ幸いである。

「VPNは危険だ」という言説が広まっている。ランサムウェア被害の報道でVPNが侵入経路として言及されることが増え、セキュリティベンダーはこぞって「脱VPN・ゼロトラスト移行」を訴えている。しかし実際のところ、VPNの何が問題で、どこまでが誇張なのか、冷静に整理できている組織は少ないのではないかと考えている。 本ブログでは、VPNをめぐるリスクの構造を三層に分けて整理し、国内の統計データの正確な読み方、よくある意見への答え、そして対策の方向性について考察する。

VPNのリスクは三層構造

VPNのリスクを「危ない」「危なくない」の二項で語ることには無理がある。問題は性質の異なる三つの層に分かれており、それぞれ対策も深刻度も異なる。

第一層:製品脆弱性(CVE)のリスク

Ivanti、Fortinet、Pulse Secure、NetScalerなど主要なVPN製品では、毎年複数の重大な脆弱性が報告されている。パッチが公開される前後の短期間に大規模な攻撃が観測されるケースも多く、このリスクの深刻さは「発生頻度」ではなく「防御困難性」にある。

ゼロデイ段階では組織側に取れる手段があまりない。さらに厄介なのは、パッチを適用した後でも安心できないケースがあることだ。2024年に確認されたCisco ASAへの「ArcaneDoor」攻撃では、攻撃者がファームウェアレベルにバックドアを仕込み、再起動後もアクセスを維持していたことが報告されている。英国NCSCはこの侵害の検出を「信じられないほど難しい」と評している。

国家支援型APTがこうした脆弱性の発見・悪用に多大なリソースを投じていることも、このリスクの性格を際立たせている。目的は金銭ではなく、長期潜伏・情報収集・将来の破壊活動の準備であることが多く、被害が表面化するのが数ヶ月後というケースもある。

第二層:認証情報管理のリスク

VPN経由の侵害としてよく引用されるColonial Pipeline事件(2021年)は、VPN製品の脆弱性が使われたわけではない。MFAが設定されていない休眠アカウントに、別の情報漏洩事案で入手したパスワードを使って侵入したケースであり、本質は「アカウント管理の失敗」である。

この区別は重要で、製品脆弱性への対策とアカウント管理の強化は、必要な対処が全く異なる。VPN経由の侵害を議論する際に両者が混同されると、対策の優先順位を誤ることになる。 認証情報侵害の深刻度が製品脆弱性より「相対的に低い」理由は、防御手段が明確に存在するからである。MFAを適切に実装し、退職者・外部委託先のアカウントを定期的に棚卸しし、パスワードポリシーを徹底するだけで、このリスクは大幅に低減できる。

第三層:設計思想の欠陥

これが最も根本的な問題である。VPNの設計思想には、現代の脅威環境と相容れない構造が二つある。

一つは、VPNアプライアンスが常時インターネットに公開された「公開ポート」を持つ点である。VPNは外部からの接続を受け付けるためにポートを開き続けなければならず、これが攻撃者のスキャン対象となるアタックサーフェスを恒常的に生み出している。後述するZTNAが実現する「ダークIP」、すなわちサーバーをインターネット上から不可視化し攻撃者がスキャンしても存在自体が見えない状態と、根本的に異なっている。公開ポートが存在する限り、脆弱性が発見されるたびに「侵入の入口」が生まれ続けることになる。

もう一つは、「一度認証すれば内部ネットワークを自由に動ける」という暗黙の信頼モデルであることである。侵害後のラテラルムーブメントを止める仕組みがなく、製品脆弱性でも認証情報侵害でも、内部に入られた後の被害拡大を抑制することが難しい。Colonial Pipeline事件で侵入者が約100GBのデータを2時間で窃取できたのも、この構造があったからである。 公開ポートによって「侵入される入口が常に存在する」こと、そして侵入後のラテラルムーブメントを許容してしまう設計が組み合わさることで、VPNは攻撃者にとって突破しやすく、突破後の被害も大きい構造になっている。この二点は、製品をより新しいものに替えたり、パッチを適切に当てたりするだけでは解決できない、アーキテクチャレベルの問題である。

「VPN問題」はVPN固有の問題か

ここで一度立ち止まって、「脱VPN」という議論はVPN特有の問題を論じているのか、それとも別の何かを論じているのかについて考えてみる。

結論から言うと後者の方に近いと言える。問題の本質は、「常時インターネットに公開され、内部ネットワークへの特権的なアクセスを持つ境界機器全般」に共通する構造的リスクである。ファイアウォール、ルーター、リモートデスクトップ、UTMなど、これらはすべて同じ構造を持っている。

2024年に複数の政府機関ネットワークへの侵入に使われた「ArcaneDoor」はCisco ASA(ファイアウォール)が標的だった。中国系APTのVolt Typhoonは、ルーターやファイアウォールを侵害してボットネット化し、他組織への攻撃の中継拠点として再利用するORB(Operational Relay Box)化の手法を用いている。これらはVPNとは別の機器だが、まったく同じ構造的問題を抱えている。 VPNが特に槍玉に挙がっているのは、第一にテレワークの普及でVPN機器の導入が急増し、アタックサーフェスが広がったこと、第二にランサムウェアの初期侵入経路として実績が積み重なり、報道での露出が増えたこと、第三に製品ベンダーが「脱VPN」をZTNA販売のマーケティングに活用していること、であると考えられる。つまり、「脱VPN」は正しい方向だが、VPNだけを替えれば終わりではなく、「境界機器に依存したアーキテクチャからどう脱却するか」が問題である。VPNはその最大かつ最も目立つ例に過ぎない。

国内統計データの正確な読み方

「ランサムウェア被害の63%がVPN機器経由」という数字は、セキュリティの議論で頻繁に引用されている。この数字の出所と正確な意味を確認しておきたい。

一次ソースは警察庁レポート

出所は警察庁「令和5年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」(2024年3月公表)である。ランサムウェア被害の有効回答115件を分析したもので、VPN機器からの侵入が73件(63%)、リモートデスクトップからが21件(18%)という結果が示されている。 翌年の令和6年上半期版(2024年9月公表)では、VPN機器47%、リモートデスクトップ36%と変化しており、リモートデスクトップ経由の急増が目立っている。これはVPN対策が進む一方で攻撃者が侵入経路をシフトさせていることを示唆しているものと考えられる。

この数字で言えること・言えないこと

言えること:国内ランサムウェア被害において、VPN機器が初期侵入経路として最多であることは事実として裏付けられている。

言えないこと:この数字はVPN経由の侵害が「脆弱性悪用」と「認証情報侵害」のどちらによるものかを分離していない。警察庁レポートでは、「VPN機器のぜい弱性を悪用したり、強度の弱い認証情報等を利用して侵入」と両者を一括して記載している。

参考値として、侵入経路とされた機器のパッチ適用状況を尋ねたアンケートでは、令和5年データで約6割が「未適用のパッチがあった」、約4割が「最新パッチを適用済み」と回答している。後者はゼロデイ攻撃または認証情報侵害の可能性を示唆するが、断定はできない。IIJニュースでも「VPN機器からの侵入はブルートフォースや過去に漏洩したアカウント情報による不正利用が原因であることも多い」と述べており、認証情報侵害の割合も相当程度あると考えられる。

その他の意見

「IPsec VPNにすれば解決するのでは?」

SSL VPNではなくIPsec VPNを使えばよい、という反論はよく出てくる。答えは「実装は改善されるが、設計思想の問題は解決されない」となる。 IPsecにすることで、Ivanti等のSSL VPN製品固有の脆弱性リスクは低減できるが、「公開ポートによるアタックサーフェス」と「認証後のラテラルムーブメントを許容する設計」という第三層の問題は変わらない。IPsecはVPNをより堅牢にするアプローチであり、問題の所在が設計思想にある以上、IPsecへの切り替えは根本的な解にはならない。

「VPNを止めたらレガシーアプリが動かなくなる」

「VPNを止めたらレガシーアプリが動かなくなる」という懸念は、ZTNAの実装方式を選べば多くの場合解決できるが完全ではないと言える。

ZTNAには主に二種類の実装がある。主流の「L7プロキシ型」はHTTP/Sのヘッダーやセッション情報を読んでポリシー評価を行うため、独自TCP/UDPプロトコルに依存するレガシー基幹系・VoIP・映像伝送などは通信の解釈が難しく、対応が困難である。一方「L4トンネル型」(WireGuardベース等)はポート・IP単位で制コントロールするため、RDP・SSH・非HTTP/Sプロトコルにも対応しやすい。L7型と比べてポリシーの粒度は粗くなるが、VPNとは異なり認証後もネットワーク全体へのアクセスを許可するわけではなく、ラテラルムーブメントの抑制やダークIPの維持といったZTNAの本質的な利点は保たれる。

ただし実装方式にかかわらず対処できない領域が残る。OT機器・医療機器・産業用PLC等にはエージェントを導入できないため、ZTNAの管理下に置けない。この部分は「動かなくなる」のではなく「ZTNAで管理できない」という問題であり、VPNとのハイブリッド運用か別の手段を検討する必要がある。

結論として、「VPNを止めたらレガシーアプリが動かなくなる」は全体としては正しくなく、L4型ZTNAの選択と移行設計で大半は解決できることになる。残る課題はOT/IoT環境に限定されることになると考えられる。

「VPNを使い続けることは現状維持ではないのか?」

現状維持にもコストとリスクは発生する。アプライアンスのライセンス・運用・パッチコストの増大、侵害時の対応コストなどである。「今すぐ移行できないからVPNを続ける」という判断は、既知のリスクを可視化しないまま保有し続けることを意味する。

ZTNAへの移行は答えになるか

ZTNAがVPNの根本的な代替となりうる理由は、前述した設計思想の欠陥を直接解決するからである。その上で、この問いについて考えてみる。

ZTNAが解決するもの

  • ダークIP:ZTNAゲートウェイ経由でのみアクセスを許可し、サーバーのIPアドレス自体をインターネット上から不可視化する。公開ポートがなくなることでアタックサーフェスが根本から消える。
  • 最小権限アクセス:ネットワーク全体ではなくアプリケーション・リソース単位でアクセスをコントロールする。侵害されてもラテラルムーブメントの被害を局所化できる。
  • 継続的なコンテキスト認証:ユーザーIDだけでなく、デバイスの健全性・接続元・行動パターンをリアルタイムで評価し、リスクに応じてアクセスをコントロールする。
  • 可視性の向上:誰が・何に・どこから・いつアクセスしたかを完全に記録できる。

ZTNAが解決が難しいもの

ZTNAを過信することも危険である。設計思想は優れていても、実装と運用が伴わなければ新たなリスクを生むことになる。

  • ポリシー設計の複雑さ:最小権限ポリシーの設計ミスは直接セキュリティホールに繋がる。VPNの「とりあえずつなぐ」運用から、精緻なポリシー管理への転換が必要である。
  • IdP依存:ZTNAはID基盤との連携が前提であり、IdPが単一障害点になりうる。ID基盤の整備が課題になることも多い。
  • ベンダーロックイン:標準化が未成熟でベンダーごとに実装が異なる。製品選定は長期的な視点が必要である。
  • レガシー環境の限界:ZTNAの主流であるL7プロキシ型はHTTP/Sと相性が良い一方、非HTTP/Sプロトコルへの対応は粒度が粗くなる。L4トンネル型(WireGuardベース等)はRDP・SSHなど非HTTP/Sにも対応しやすく、ラテラルムーブメントの抑制やダークIPの維持といったZTNAの本質的な利点は保たれる。OT機器・PLCなどエージェントを導入できないデバイスについても、SDPアーキテクチャではゲートウェイ側にネットワークコネクタを設置することで保護下に置くことができる。ただしOT環境特有のリアルタイム性・可用性要件への対応は設計段階で十分な検討が必要となる。

AIがVPN問題をどう変えるか

VPNをめぐる脅威環境は、AIの普及によって構造的に変化しつつある。攻撃側・防御側の双方でAIが使われるようになっており、その影響を把握しておくことは今後のセキュリティ戦略に不可欠である。AIは攻撃者にとって、これまで専門知識や時間を要していた作業を自動化・低コスト化するツールになっている。VPNをめぐる文脈で特に影響が大きい点は以下の三つであると考える。

第一は、マルウェアおよびエクスプロイトコードの自動生成である。警察庁は2024年に、生成AIを悪用してランサムウェアと思われる不正プログラムが作成された国内事例を公表している。従来、ランサムウェアの開発には高度な技術力が必要だったが、生成AIの登場でそのハードルが大幅に下がっている。RaaSのエコシステムと組み合わさることで、技術力の低い攻撃者でも洗練された攻撃が可能になりつつある。

第二は、脆弱性スキャンと初期侵入の自動化である。AIを使った自動スキャンツールは、インターネット上に公開されたVPNアプライアンスのバージョン情報や応答パターンから脆弱性の有無を高速に判定し、CVEが公開されたその日のうちに大量のターゲットへ攻撃を試みることができる。VPNの「公開ポートが常にアタックサーフェスになる」という設計上の問題は、AIによる自動スキャンの存在によってさらに深刻化している。かつては人間の攻撃者が手動で探索していた侵入口が、今や24時間自動で探索され続けている。

第三は、フィッシングと認証情報窃取の精度向上である。VPN経由の侵害の相当の割合が認証情報の漏洩を起点とすることは前述の通りであるが、AIを使ったフィッシングメールは文章の自然さ・ターゲティングの精度が飛躍的に向上しており、従来の「日本語が不自然なメール」という見分け方が通用しなくなってきている。また、AIによる音声・動画の偽造(ディープフェイク)を使って経営幹部になりすます攻撃も報告されており、ソーシャルエンジニアリングのリスクが全体的に高まっている。

まとめると、AIの普及は、VPNが持つ三つのリスクをいずれも悪化させる方向に作用する。製品脆弱性はAI自動スキャンによって即日悪用されるリスクが高まり、認証情報侵害はAI精度向上によるフィッシングで窃取しやすくなり、マルウェア展開は自動生成ツールの普及で参入障壁が下がる。「公開ポートが常にアタックサーフェスになる」という設計上の問題は、AI時代においてより高速・大規模に突かれる環境に変わりつつあるといえる。

まとめ

ここまでの内容を踏まえ、IT部門・情報システム担当が今取るべきアクションを、時間軸と優先度で整理してみたい。「脱VPN」は方向性として正しいが、すべてを同時に進める必要はない。重要なのは、リスクを可視化した上で、組織の状況に応じた順序で手を打つことである。

今すぐ着手すべきこと(製品・アーキテクチャを問わない基本対策)

これらはZTNAへの移行の有無にかかわらず、現時点で実施しなければならない最低限の対策である。AIによる攻撃の高度化を考慮すると、後回しにするほどリスクが増大することになる。

  • VPN機器のファームウェア・パッチ適用状況を棚卸しし、未適用のものを即時適用する。サポート終了機器が存在する場合は、更新計画を立てる
  • すべてのVPNアカウントにMFAを設定する。特に退職者・外部委託先・長期未使用のアカウントを優先的に無効化する(ゾンビアカウントの排除)
  • VPN接続ログの監視を強化する。通常と異なる接続元IP・時間帯・通信量の異常をアラートできる仕組みを整備する
  • IPA、JPCERTの脆弱性情報にサブスクライブし、使用中のVPN・ファイアウォール製品に関するCVEを即座に検知できる体制を作る

中期的に進めること(ZTNAへの移行の準備と段階的実施)

ZTNA移行の前提条件を整えながら、リスクの高い部分から順に置き換えていく。完璧な計画を待つより、部分的にでも移行を始めることの方が重要である。

  • ID基盤の整備:ZTNAはIdPとの連携が前提となる。Active Directoryのクラウドへのリフト、Entra ID等の整備を先行させる必要がある
  • 外部委託先・サードパーティのリモートアクセスをVPNからZTNAに置き替える。ゾンビアカウントリスクが最も集中する領域であり、効果が出やすい
  • SaaSアクセスにZTNA/SWGの要素を導入し、クラウドへのバックホール問題を解消しながらゼロトラストの経験を蓄積する
  • VPN機器が担っている機能(拠点間通信等)を棚卸しし、ZTNA、SD-WAN、SASEのどの組み合わせで代替するとかの設計を行う

長期的な目標(アーキテクチャの完全転換)

  • テレワーク、全社員のリモートアクセスをZTNAに完全移行し、物理的なVPNアプライアンスを廃止する
  • 「インターネットに公開されたポートを持つ境界機器」をネットワーク設計から排除し、ダークIPアーキテクチャを実現する
  • 継続的なポスチャ評価(デバイス健全性・コンテキスト認証)を全アクセスに適用し、AIを活用した異常検知と組み合わせる

経営層への説明

IT部門から経営層へのエスカレーションでは、技術的な詳細より「リスクの受容判断を経営として行う必要がある」という点を明示することが重要である。

  • 「VPNを維持することはゼロコストの現状維持ではない。既知のリスクを保有し続けるという意思決定だ」と明示する
  • インシデント発生時の対応コスト(調査・復旧・賠償・事業停止損失)とZTNA移行投資を比較したROI試算を提示する
  • 「今すぐ全廃」ではなく「段階移行ロードマップ」として提示することで、意思決定のハードルを下げる
  • AIによる攻撃の高度化を根拠として、「従来より速いスピードで脆弱性が突かれる環境になっている」という脅威環境の変化を説明する

VPNは問題のない技術ではなく、既知のリスクを抱えたまま動いているインフラである。製品脆弱性・認証情報管理・設計思想の三層すべてに問題があり、AIの普及がその脅威を加速させている。「脱VPN」の方向性は正しく、いつ・どこから始めるかという段階的なアプローチが望ましいと考える。

以上