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ゼロトラスト関連用語を整理する ~ ZT・ZTA・ZTNA・SDP の違い

2026年4月12日
CSAジャパン ゼロトラストWG
CCZT(Certificate of Competence in Zero Trust)
諸角昌宏

はじめに

「ゼロトラスト」という言葉が広く使われるようになった一方で、ZT・ZTA・ZTNA・SDPという関連用語が混在して使われ、混乱を招くケースが増えている。これらは互いに密接に関連しているが、指し示す概念の範囲や性格はそれぞれ異なる。本ブログでは、各用語の定義・関係性・違いを整理し、正確な理解の助けとなることを目指す。

全体像:4つの用語の関係

4つの用語は以下のような階層関係にある。ZTが最も広い概念であり、ZTA・ZTNA・SDPはそれを具体化・実装化していく階層に位置する。

すなわち、ZTという概念をシステム設計として具現化したものがZTAであり、ZTAを実現する技術カテゴリの一つがZTNA、そしてZTNAの具体的な実装アプローチがSDPである。

ZT(Zero Trust:ゼロトラスト)

定義

ZTとは「すべてのアクセスを検証する(Never Trust, Always Verify)」というセキュリティの概念・原則である。ネットワークの内側・外側を問わず、いかなるユーザー・デバイス・アプリケーションも、明示的に認証・認可されるまでは信頼しないという考え方に基づく動的・継続的な信頼評価モデルである。2010年にForrester ResearchのアナリストJohn Kindervagが提唱したことが起源とされている。

主な原則(NIST SP 800-207より)

  • すべてのデータソースとコンピューティングサービスをリソースとみなす
  • ネットワークの場所に関係なく、すべての通信を保護する
  • 企業リソースへのアクセスは、セッション単位で付与する
  • リソースへのアクセスは、ダイナミックなポリシーやその他の行動・環境属性によって決定する
  • すべての資産の完全性とセキュリティ動作を監視し、測定する
  • すべてのリソースの認証と認可を動的に行い、アクセスが許可される前に厳格に実施する
  • 資産、ネットワークインフラストラクチャ、通信の現状について可能な限り多くの情報を収集し、セキュリティポスチャの改善に利用する

重要なポイント

ZTは製品でも技術でもなく、考え方である。「ゼロトラスト製品を導入した=ゼロトラストを実現した」とはならない。ZTはあくまで組織のセキュリティ戦略の指針であり、その実現手段がZTAである。

ZTA(Zero Trust Architecture:ゼロトラストアーキテクチャ)

定義

ZTAとは、ZTの原則を組織のシステム・インフラ・ワークフローに適用するためのシステム設計・アーキテクチャである。NIST SP 800-207が最も権威ある技術ガイドラインとして広く参照されている。

主なコンポーネント

NIST SP 800-207はZTAの論理的なコンポーネントとして以下の3つを定義している。

コンポーネント略称役割
ポリシーエンジンPEアクセスの許可・拒否を最終決定する
ポリシーアドミニストレータPAPEの決定をPEPに伝達・実行させる
ポリシー実施ポイントPEP実際にアクセス制御を執行するゲートキーパー

PEはトラストアルゴリズムを用いて、アイデンティティ・デバイス状態・脅威インテリジェンス・行動履歴などを総合的に評価し、動的にアクセス判断を行う。

ZTとZTAの違い

ZTZTA
特徴概念・原則設計・構造
目的「何を目指すか」「どう設計するか」
具体性抽象的具体的(コンポーネント・データフローを定義)

ZTNA(Zero Trust Network Access:ゼロトラストネットワークアクセス)

定義

ZTNAはゼロトラスト原則に基づくアクセス制御のカテゴリであり、VPNの代替となるケースも多いが、すべてのユースケースを置き換えるものではない。現在はZTAを構成する重要な要素として、より広い役割を担うものと位置づけられている。

VPNとZTNAの比較

観点VPNZTNA
アクセスの粒度ネットワーク全体への接続アプリケーション単位での接続
信頼モデルネットワーク内を信頼常に検証(Never Trust)
可視性限定的継続的なモニタリング
リスク侵害時にラテラルムーブメントが容易最小権限によりラテラルムーブメントを制限
スケーラビリティアーキテクチャ変更が困難クラウドネイティブで拡張が容易

ZTAとZTNAの違い

ZTAはゼロトラスト全体のアーキテクチャ設計であるのに対し、ZTNAはその中のネットワークアクセス制御に特化した市場カテゴリである。ZTNAはZTAを実現するための要素の一つであり、ZTAにはZTNA以外にも、アイデンティティ管理・エンドポイント管理・データセキュリティなど多くの要素が含まれる。

ZTAZTNA
特徴アーキテクチャ設計技術カテゴリ
範囲ゼロトラスト全体ネットワークアクセス制御に特化
目的どう設計するかどうアクセスを制御するか

SDP(Software Defined Perimeter)

定義

SDPとは、ネットワークの境界をソフトウェアによって動的に定義するアーキテクチャアプローチである。SDPはZTNAを実現する一つのアーキテクチャであるが、ZTNAはプロキシ型など複数の実装方式を含む。

仕組みの特徴

SDPの核心は「接続前に認証する(Authenticate Before Connect)」という原則である。従来のファイアウォールが「まず接続を許可し、その後にフィルタリングする」のに対し、SDPはネットワーク接続そのものを確立する前にアイデンティティとデバイスの正当性を確認する。CSAが定義し、Google BeyondCorpと思想的に類似している。

主な構成要素は以下のとおりである。

構成要素役割
SDPコントローラアクセスポリシーの管理・認証の決定
SDPクライアントユーザー側のエージェント。接続要求を送信
SDPゲートウェイリソース側のゲートキーパー。許可された接続のみを通過させる

単一パケット認証(SPA:Single Packet Authorization)という技術を用いて、正当なクライアントからのパケット以外にはゲートウェイの存在すら見えないよう設計されている。

ZTNAとSDPの違い

ZTNASDP
特徴技術カテゴリ・機能の定義実装アーキテクチャ・設計アプローチ
策定主体Gartner(市場定義)CSA(技術仕様)
目的何を実現するか(What)どう実現するか(How)
関係より広い概念ZTNAを実現する手段の一つ

多くの場合、SDPはZTNAの選択形態の一つとして採用されており、両者は実質的に重なる部分が大きいが、概念の性格は異なる。

4つの用語の総合比較

観点ZTZTAZTNASDP
特徴概念・原則アーキテクチャ設計技術カテゴリ実装アプローチ
範囲最も広い広いネットワークアクセス制御に特化ZTNAの実現手段の1つ
策定主体Kindervag/ForresterNISTGartnerCSA
主な規格NIST SP 800-207GartnerレポートCSA SDP仕様書
考え方何を目指すかどう設計するかどうアクセスを制御するかどう境界を実装するか

真のゼロトラストを実現するには

ゼロトラストは製品を導入すれば完成するものではない。ZT・ZTA・ZTNA・SDPの各概念を正しく理解した上で、組織全体として段階的に取り組む必要がある。以下に、真のゼロトラスト実現に向けてやるべきこと・考慮すべき点を整理する。

  1. ZTAの全体設計から始める
    最初にやるべきことは製品の選定ではなく、ZTAの全体設計である。「何を守るか(プロテクトサーフェスの定義)」「誰が何にアクセスするか(トランザクションフローの把握)」を明確にした上で、必要な技術要素を選択する順序が重要である。ZTNAやSDPはその後に来る手段であり、目的ではない。
  2. アイデンティティを中核に置く
    ゼロトラストの根幹はアイデンティティの継続的な検証にある。ユーザーIDだけでなく、デバイス・アプリケーション・サービスアカウント(非人間アイデンティティ)を含むすべての主体を対象に、多要素認証(MFA)・最小権限の原則・継続的な認証・認可の仕組みを整備することが不可欠である。
  3. 5つの柱を横断的に整備する
    CISAゼロトラスト成熟度モデルが示すとおり、ゼロトラストはアイデンティティ・デバイス・ネットワーク・アプリケーション/ワークロード・データという5つの柱を総合的に整備して初めて機能する。ZTNAによるネットワークアクセス制御だけを強化しても、デバイス管理やデータ保護が脆弱であれば、ゼロトラストの実効性は限定的となる。
  4. 段階的・反復的なアプローチをとる
    すべてを一度に変えようとすることは現実的でなく、リスクも高い。NSTACモデルが示す5ステップを参照しつつ、まず取り組みやすいプロテクトサーフェスを1つ選んでパイロット的に実施し、そこで得た知見・経験を活かしながら段階的に最も重要な資産(プロテクトサーフェス)へと対象を広げていく反復アプローチが有効である。例えば、既存のISMSを基盤として活用することで移行コストを抑えつつゼロトラストを段階的に展開することも考えられる(参考:CSAジャパン ゼロトラストWG「ISMSを基盤としたゼロトラストの展開」、2026年2月 [6])。
  5. 継続的な監視とポリシーの更新
    ゼロトラストは一度構築すれば終わりではなく、継続的な監視・評価・改善のサイクルが本質である。SIEM・UEBAなどのツールを活用してアクセスログを常時分析し、異常を検知したらポリシーを即座に見直す体制を整えることが求められる。静的なルールに依存したままではゼロトラストの「動的な信頼の評価」という核心を実現できない。
  6. 組織文化とガバナンスの整備
    技術面の整備と同時に、経営層の理解・支援と組織文化の変革が不可欠である。「境界の内側は安全」という従来の前提を組織全体が捨て去ることが、ゼロトラストの出発点である。NIST CSF 2.0が「ガバナンス(GV)」を独立した機能として追加したように、サイバーセキュリティを経営リスクとして位置づけ、責任の所在を明確にする体制づくりが求められる。
  7. ベンダーロックインへの注意
    ゼロトラストを標榜する製品・サービスは数多く存在するが、特定ベンダーの製品体系に過度に依存することは長期的なリスクとなる。NIST SP 800-207が技術中立的な設計を意図しているように、オープンな標準・仕様に基づいたアーキテクチャ設計を心がけ、特定製品への過度な依存を避けることが望ましい。

以上の考慮点を整理すると、以下のとおりである。

やるべきこと・考慮点要点
(1) ZTAの全体設計から始める製品選定より先に何を守るかを定義する
(2) アイデンティティを中核に置く人・デバイス・サービス全体をMFA・最小権限で管理する
(3) 5つの柱を横断的に整備するネットワークだけでなくデータ・デバイスなども含めて対処する
(4) 段階的・反復的なアプローチ1つのプロテクトサーフェスから始め知見を積み上げる
(5) 継続的な監視とポリシー更新静的なルールに依存せず動的に見直し続ける
(6) 組織文化とガバナンスの整備経営層の理解と責任体制の明確化が前提となる
(7) ベンダーロックインへの注意特定製品依存を避け標準ベースの設計を心がける

よくある誤解

誤解1:「ZTNA製品を導入すればゼロトラストが実現できる」

ZTNAはZTAの一要素である。ネットワークアクセス制御が改善されても、アイデンティティ管理・エンドポイントセキュリティ・データ保護が伴わなければ、ゼロトラストの実現とはいえない。

誤解2:「SDPとZTNAは同じものだ」

SDPはZTNAを実現する実装アプローチの一つであるが、ZTNAはSDP以外の技術(IDベースのプロキシ等)でも実現できる。両者は重なるが同義ではない。

誤解3:「ゼロトラストはVPNを完全に置き換えるものだ」

ZTNAはリモートアクセスにおけるVPNの有力な代替であるが、すべてのユースケースでVPNが不要になるわけではない。ZTNAはLayer 7(アプリケーション層)での制御を前提とするため、ネットワーク機器の管理やレガシーシステムへの低レイヤー接続、OT・ICS環境など、ネットワークレベルのアクセスが必要な場面ではVPNが引き続き有効である。また、既にVPNインフラを持つ組織では一度に全面移行することは現実的でない。当面はZTNAとVPNを用途に応じて使い分けながら段階的に移行していくアプローチが現実的である。

まとめ

4つの用語の関係を改めて整理する。

  • ZTは「すべてを検証する」というセキュリティの概念である
  • ZTAはその概念を実現するシステムアーキテクチャの設計である
  • ZTNAはZTAを構成する要素の一つで、ネットワークアクセス制御に特化した技術カテゴリである
  • SDPはZTNAを実現する具体的な実装アーキテクチャアプローチである

これらは階層的な関係にあり、上位の概念が下位を包含する。組織がゼロトラストを推進する際は、製品・技術の導入に先立ち、ZTの原則とZTAの設計思想を理解した上で取り組むことが重要であると考える。

参考文献

[1] NIST, “Special Publication 800-207: Zero Trust Architecture,” National Institute of Standards and Technology, 2020.

[2] CISA, “Zero Trust Maturity Model Version 2.0,” Cybersecurity and Infrastructure Security Agency, 2023.

[3] NSTAC, “NSTAC Report to the President on Zero Trust and Trusted Identity Management,” National Security Telecommunications Advisory Committee, 2022.

[4] Cloud Security Alliance, “SDP Specification v2.0,” 2022.

[5] J. Kindervag, “Build Security Into Your Network’s DNA: The Zero Trust Network Architecture,” Forrester Research, 2010.

[6] 諸角昌宏(CSAジャパン ゼロトラストWG), “ISMSを基盤としたゼロトラストの展開,” CSAジャパンブログ, 2026年2月16日. https://cloudsecurityalliance.jp/newblog/2026/02/16/isms%e3%82%92%e5%9f%ba%e7%9b%a4%e3%81%a8%e3%81%97%e3%81%9f%e3%82%bc%e3%83%ad%e3%83%88%e3%83%a9%e3%82%b9%e3%83%88%e3%81%ae%e5%b1%95%e9%96%8b/

以上

VPNは本当に危ないのか(続編) ~ ダークIPで防げること・防げないこと

2026年4月3日
諸角 昌宏

本ブログは、CSAジャパンとしての正式な見解ではなく、あくまで筆者の個人的な意見としてまとめたものである。しかしながら、この問題はクラウドセキュリティに関わる人に幅広く関係することとして、このCSAジャパン・ブログに掲載させていただく。皆さんの屈託のない意見をいただければ幸いである。

本ブログは、3月26日に公開した「VPNは本当に危ないのか」の続編として、VPNの設計思想の問題に対してZTNAが提供している「ダークIP」について掘り下げてみる。なお、前のブログに対して「VPN対策はゼロトラストではないのか」という質問が寄せられた。ここでは、ゼロトラスト(ZT)とゼロトラストネットワークアクセス(ZTNA)の違いについての説明は行わないが、前のブログおよびこのブログで説明しているのは、ZTではなくZTNAであるということを述べておく。

まず、VPNのリスクについておさらいする。VPNのリスクは性質の異なる三つの層に分かれている。

  • 第1層:製品脆弱性(CVE)のリスク——VPN製品自体に脆弱性が発見されるたびに、パッチ適用までの間が無防備な状態になる
  • 第2層:認証情報管理のリスク——漏洩したパスワードやMFA未設定のアカウントが侵入口になる
  • 第3層:設計思想の欠陥——公開ポートによるアタックサーフェスの恒常的な存在と、認証後のラテラルムーブメントを許容する構造

「ダークIP」は、主にこの第3層「設計思想の欠陥」を解決するアプローチである。第1層・第2層のリスクはパッチ管理やMFA強化で対処する一方、ダークIPは公開ポートによるアタックサーフェスを根本から排除することで第3層の問題に対処する。さらにその副次的な効果として、公開ポートが存在しなくなることにより第1層のCVE直接攻撃も成立しにくくなる。ただしダークIPの効果はすべての脅威に及ぶわけではなく、防げる脅威と防げない脅威がある。本ブログではその範囲を整理していきたい。

ダークIPの仕組み

ZTNAの重要な特徴としての「ダークIP」は、サーバーや内部リソースのIPアドレスをインターネット上から不可視化する仕組みである。

VPNではアプライアンスが常時インターネットに公開されたポートを持っている。攻撃者はスキャンエンジンを用いて公開されているポートを見つけ、脆弱性の有無を調べて攻撃を仕掛ける。「公開ポートが存在する=攻撃の入口が常に存在する」という構造になる。 ZTNAのダークIPはこの構造を根本から変えている。内部リソースはZTNAのコネクタ(ゲートウェイ側に設置)を介してのみアクセス可能であり、サーバーのIPアドレス自体がインターネット上に露出しない。攻撃者がスキャンしても存在自体が見えず、直接攻撃の糸口をつかみにくくなる。つまり、以下のような関係になる。

  • VPN: 外部 → 公開ポート(常時露出)→ 内部ネットワーク
  • ZTNA: 外部 → ZTNAゲートウェイ(認証・ポリシー評価)→ 内部リソース(IPアドレス非公開)

なお、ダークIPはアタックサーフェスを大幅に削減することができるが、すべての攻撃を防ぐことができるわけではない。以下でその効果の範囲を整理してみる。

ダークIPで防げること

外部からの無差別スキャン・自動探索

攻撃者はスキャンツールを使い、インターネット上の脆弱なポートを探索する。VPNアプライアンスの公開ポートはこのスキャンに必ず引っかかり、ターゲットリストに載り続けるリスクがある。 ダークIPではサーバーのIPアドレス自体がインターネット上に存在しないため、スキャンの対象にならない。AIによる自動スキャンが高度化している現在、この効果はより重要になっている。

VPNアプライアンス自体へのCVE直接攻撃(第3層対処の副次的効果)

IvantiやFortinetなどVPN製品に重大なCVEが発見されるたびに、公開ポートを持つアプライアンスが直接攻撃を受ける(第1層のリスク)。ダークIPは本来、第3層の設計思想の欠陥——公開ポートの恒常的な存在——を排除するためのアプローチだが、公開ポートがなくなることで攻撃者がCVEを突く糸口自体がなくなることになる。第3層への対処が第1層のリスクも連鎖的に軽減するという副次的な効果となる。

ビジネスサプライチェーン経由の侵入

取引先・委託先・子会社などを踏み台にして本体ネットワークに侵入する手口である。VPNでは委託先に広いネットワークアクセスを与えてしまうため、委託先が侵害されると本体にも被害が及びやすい。

ZTNAの最小権限アクセスと組み合わせることで、委託先のアクセスを特定のアプリのみに限定できる。侵入経路が限定されるため被害範囲を大幅に縮小できる。

VPNでは委託先にVPNアカウントを発行すると、ネットワーク全体への通路を開けることになる。委託先が侵害された場合、その通路を通じて攻撃者が内部を移動できてしまうリスクがある。ZTNAでは「ネットワーク全体ではなく、特定のアプリケーション・リソースへのアクセスのみ許可する」という設計のため、委託先が侵害されても攻撃者が到達できる範囲を許可されたアプリに限定できる可能性がある。

ZTNAでは以下のようなポリシーをアクセスごとに適用できる。なおZTNAの実装アーキテクチャの一形態であるSDP(Software Defined Perimeter)を採用することで、委託先のデバイスにエージェントをインストールしなくても、これらの制御を適用できる。

  • アクセス先の限定: 委託先Aは保守対象サーバーのポート22(SSH)のみ、委託先Bは特定の業務アプリのみ、といった粒度で制御できる
  • 時間・コンテキストによる制御: 接続時間帯・接続元地域・デバイスの健全性(EDR導入済みか等)を条件にアクセスを制限できる
  • セッションの記録・監視: 委託先のアクセスセッションをログとして記録し、異常な操作を検知できる
  • 退職・契約終了時の即時失効: 人事システムとの連携により、委託先の契約終了と同時にアクセス権を自動的に無効化できる(VPNで問題になるゾンビアカウントを防ぐ)

VPNが「委託先にネットワークへの扉を開ける」設計であるのに対し、ZTNAは「必要な窓口だけを、必要な期間だけ、必要な相手にだけ開ける」設計である。ビジネスサプライチェーン攻撃への対策として、ZTNAはVPNより構造的に優れているといえる。

ダークIPで防げないこと

認証通過後のアプリケーション層の脆弱性攻撃

ZTNAは「誰が・どのデバイスから・何に」アクセスするかを制御する。しかしアクセスを許可した後、そのアプリケーション内部にSQLインジェクションやバッファオーバーフロー等の脆弱性があれば、正規ユーザー経由で攻撃が成立してしまうリスクがある。 これはダークIPの問題ではなく、アプリケーション層のセキュリティの問題である。WAF(Webアプリケーションファイアウォール)・SAST・DASTなどの別の対策が必要になる。

ソフトウェアサプライチェーン攻撃

正規のソフトウェアアップデートにマルウェアを混入させる手口として、SolarWinds事件(2020年)がその代表例である。正規の署名付きアップデートとして配布されたため受け取った組織には見分けがつかない。 ZTNAからは「正規デバイス・正規ユーザー・正規ソフトウェア」として認識されてしまうため、ネットワークアクセス制御では防げない。ソフトウェアの完全性の検証はZTNAの対象外であり、SBOM(ソフトウェア部品表)管理・コード署名検証・EDRとの組み合わせが必要である。

内部不正

正規ユーザーによる意図的な悪用はZTNAのポリシー評価を通過してしまう。ただし最小権限の設計により、アクセスできるリソースが限定されるため被害範囲を縮小できる可能性はある。内部不正の防止には、行動監視(UEBA)・職務分掌・定期的なアクセス権レビューなど別の対策が必要となる。

「攻撃対象面の消去」ではなく「削減」

ZTNAの説明でしばしば「攻撃対象面(アタックサーフェス)をゼロにする」という表現が使われるが、これは正確ではない。ダークIPが実現するのは「外部からのスキャン・直接攻撃に対するアタックサーフェスの根本的な削減」である。

認証を通過した後のアプリ層・ソフトウェアサプライチェーン・内部不正といった脅威には効果が及びにくい。ZTNAはセキュリティの万能薬ではなく、多層防御の重要な一層として位置づけるべきである。 WAF・EDR・UEBA・SBOM管理などとの組み合わせが、ZTNAの効果を最大化する。

まとめ:効果の一覧

ここでは、以上の内容をまとめて、ダークIPの効果について以下の表にまとめた。

その他、ZTNAとして別途考慮すべき課題

以上、ZTNAのダークIPについてその効果、課題について整理した。ZTNAについては、その他にも考慮すべき課題がある。それらについて、技術的課題と管理的課題に分けて、深刻度順に整理したので参考にしていただきたい。なお、深刻度は筆者の個人的な評価である。

技術的課題(深刻度順)

  1. IdPの外部公開エンドポイント問題(深刻度:高)
    ZTNAのコントロールプレーンであるIdP(EntraID・Okta等)はインターネットに公開されており、ダークIPの保護対象外である。IdPが侵害されるとポリシー全体が書き換えられ、ZTNAのアクセス制御が根底から機能しなくなるリスクがある。被害範囲が組織全体に及ぶ深刻なリスクであり、IdPの冗長化・MFA強化・Conditional Accessの設計を別途行う必要がある。
  2. 移行期のハイブリッド運用リスク(深刻度:高)
    VPNとZTNAの並行運用期間中は両方の攻撃面が同時に存在する。VPNの公開ポートは残り続け、ZTNAのポリシーはまだ未成熟という状態が生まれやすい。移行設計を誤ると一時的にリスクが増大する逆転現象が起きうるため、段階移行の計画において最も注意が必要な期間である。
  3. デバイスポスチャ評価の限界(深刻度:中)
    ZTNAはデバイスの健全性(EDR導入・パッチ状態等)をポリシー条件にできるが、ポスチャ評価は「既知の基準への適合」を確認するものであり、ゼロデイマルウェアに感染したデバイスが通過してしまう場合がありうる。「ポスチャチェックをしているから安全」という過信が最大のリスクとなる。最小権限設計で被害範囲は限定できるが、過信を防ぐことが重要である。
  4. セッション継続検証の実装の差(深刻度:中)
    ZTNAの原則は「継続的な検証」であるが、製品によってはセッション確立後の再検証頻度が低いものがある。長時間セッション中にデバイス状態が悪化しても検知されない場合がありうる。製品選定時に再検証の頻度・トリガー条件を評価基準に含めるべきである。

管理的課題(深刻度順)

  1. ポリシー設計・維持の継続的負荷(深刻度:高)
    最小権限ポリシーは「設計して終わり」ではなく、業務変化に合わせた継続的な見直しが必要である。放置されたポリシーはVPN同様の広範アクセスを許容することになりかねず、ZTNAを導入した意味が損なわれるリスクがある。さらに「ZTNAを入れているから安全だ」という誤った安心感を生みやすい点が深刻である。ポリシーレビューの頻度・体制・担当者スキルを運用設計に組み込む必要がある。
  2. 責任分界点の明確化(深刻度:高)
    ZTNAをSaaSで利用する場合、セキュリティの責任がどこまでベンダー側にあるかを明確にする必要がある。インシデント発生時に責任の所在が不明確だと対応が遅れ被害が拡大するおそれがある。調査・対応における情報提供義務・ログへのアクセス権・SLAの内容を契約段階で確認すべきである。
  3. ベンダーロックインとガバナンス(深刻度:中)
    ZTNAは標準化が未成熟であり製品間の相互運用性が低い。特定ベンダーに依存した構成になると乗り換えコストが高くなりうる。ベンダー選定時に「標準プロトコルへの準拠度」「データのポータビリティ」を評価基準に含めるべきである。後からの対処が困難な点で長期的なリスクが高い。
  4. ログの保全とコンプライアンス(深刻度:中・業種依存)
    ZTNAのコントロールプレーンがSaaSで提供される場合、アクセスログがベンダーのクラウドに保存される。ログの保存期間・保存場所・アクセス権がISMS・個人情報保護法・金融規制等のコンプライアンス要件を満たすかを確認する必要がある。特に、金融・医療等の規制業種では深刻度が最上位になりうる。

以上