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ゼロトラスト実装の5ステップ(NSTACモデル)入門 ~ 第1回:5ステップの全体像と「プロテクトサーフェスの定義」

2026年8月6日
ゼロトラストWGリーダー 諸角昌宏

はじめに

「ゼロトラスト」という言葉は、いまやセキュリティの世界で組織の資産を守るための欠かせないフレームワークとして定着している。一方で、「結局、何から手をつければいいのか分からない」「壮大すぎて自社では無理だ」と感じている方も多いのではないだろうか。

本シリーズでは、ゼロトラストを「全部を一度にやる巨大プロジェクト」ではなく、順を追って小さく始められる5つのステップとして整理し、全5回にわたって解説していく。利用するのは、米国家安全保障通信諮問委員会(NSTAC)の大統領向け報告書が示した5ステップの実装プロセスと、Cloud Security Alliance(CSA)のゼロトラスト・ワーキンググループによる解説文書「Defining the Zero Trust Protect Surface(ゼロトラスト プロテクトサーフェスの定義)」である。 第1回となる今回は、まず5ステップの全体像をつかみ、その第1ステップである「プロテクトサーフェスの定義」を掘り下げる。

ゼロトラストと5ステップモデルの背景

ゼロトラストは、2010年にForrester ResearchのアナリストだったJohn Kindervag氏が提唱した戦略である。その根底にあるのは「決して信頼せず、常に検証する(never trust, always verify)」という考え方である。ネットワークの内側か外側かにかかわらず、あらゆる接続を暗黙に信頼しないことを前提とする。従来の「城と堀」型、つまり境界の内側を信頼するアーキテクチャは、資産やユーザーがもはや「城」の中に収まっていない分散・クラウド・リモートワークの時代には通用しない、というのが出発点である。

重要なのは、ゼロトラストが特定の製品ではなく「戦略」だという点である。技術は時代とともに変わるが、戦略そのものは変わらない。「製品を1つ買えば終わり」というものではなく、組織として段階的に作り上げていくものである。 この戦略を「どう実行するか」を5つのステップに落とし込んだのが、NSTACの報告書「Zero Trust and Trusted Identity Management」で示された実装プロセスである。

5ステップの全体像

ゼロトラスト実装プロセスは、次の5ステップで構成される。

  1. プロテクトサーフェスの定義 — 何を守るべきか(DAAS要素)を特定する
  2. トランザクションフローのマッピング — データやトランザクションがどこをどう流れているかを把握する
  3. ゼロトラストアーキテクチャの構築 — リスクと露出を最小化する構成を設計する
  4. ゼロトラストポリシーの作成 — 誰が・何にアクセスできるかを定義する
  5. ネットワークの監視と保守 — 運用しながら継続的に改善する

このプロセスで押さえておきたいのは、一度きりで完結するものではなく、反復的(iterative)に回していくものだということである。1つの対象に対して5ステップを一巡させ、セキュリティ・ポスチャを一段引き上げたら、次の対象へ。これを繰り返すことで、組織全体のゼロトラスト化を「少しずつ、無理なく」進めていく。

図1:ゼロトラストは「プロテクトサーフェス→トランザクションフロー→アーキテクチャ構築→ポリシー→モニタリング」を回す反復サイクル

ステップ1:プロテクトサーフェスの定義

なぜ「アタックサーフェス」ではなく「プロテクトサーフェス」なのか

従来のセキュリティは、攻撃を受けうる範囲、すなわちアタックサーフェス(攻撃対象領域)全体を守ろうとしてきた。しかしアタックサーフェスは、クラウド化やリモートワークの進展とともに際限なく拡大し、組織が正確に把握しきることは事実上不可能である。「すべてを守る」は、裏を返せば「どこも守りきれない」になりかねない。

そこでゼロトラストは発想を逆転させる。攻撃される範囲全体を追いかけるのではなく、本当に守るべきものは何かに焦点を絞る。この「本当に守るべきもの(DAAS要素)だけを対象とした領域」がプロテクトサーフェス(保護対象領域)であり、ゼロトラストポリシーによって保護される、組織の技術環境の一部分を指す。 プロテクトサーフェスの優れた点は2つある。1つは、アタックサーフェスよりも桁違いに小さいこと。もう1つは、常に把握可能(knowable)であることである。アタックサーフェスの全体像は誰にも描けなくても、「自社にとって最も重要な資産は何か」は、調べれば必ず分かる。

Protect Surface is much smaller and more knowable than the Attack Surface.(プロテクトサーフェスは、アタックサーフェスよりもはるかに小さく、はるかに把握しやすい。)
— John Kindervag

従来のセキュリティは、いわば「インターネット側にいる攻撃者」を見て、その攻撃を防ぐことに注力してきた。ゼロトラストはこの視点を反転させ、攻撃者ではなく「自分が何を守りたいのか」を起点に考える。攻撃の手口は無数にあり追いきれないが、守るべき対象は有限であり、必ず見定められる。では、何を守るべきか。その中身を整理する手がかりが、次に述べるDAASである。

守るべき対象「DAAS」

では、何をプロテクトサーフェスとして定義すればよいのか。その手がかりが、4つの頭文字をとったDAASである。

  • D — Data(データ):流出または悪用された場合に最大のリスクをもたらす機微なデータ。ペイメントカード情報(PCI)、保護された医療情報(PHI)、個人を特定できる情報(PII)、知的財産などが代表例である(政府機関であれば、機密情報や国家安全保障情報なども含まれる)。
  • A — Applications(アプリケーション):機微なデータを使用したり、重要な資産を管理したりするアプリケーション。SaaSとして提供されることも、オンプレミスやクラウド(IaaS/PaaS)で自社運用されることもある。
  • A — Assets(資産):組織のIT・OT・IoT機器。サーバーやノートPCだけでなく、医療機器、POS、センサー、プリンター、産業用ロボット、SCADA、ICS(産業制御システム)、BMS(ビル管理システム)まで幅広く含む。
  • S — Services(サービス):組織が最も依存する基盤サービス。DNS、DHCP、ディレクトリサービス、NTP、カスタマイズされたAPIなど。それ自体がプロテクトサーフェスであり、停止・悪用されれば広範囲に影響する。

DAASは、何かを厳密に分類するための枠ではなく、「データ・アプリケーション・資産・サービス」という4つの切り口で自社を見渡し、守るべきものを洗い出すための着眼点である。だから「DNSはアプリケーションかサービスか」といった分類に頭を悩ませる必要はない。大切なのは、一歩引いて全体を見渡し、業務にとって意味のあるまとまりを見つけることである。ゼロトラストは個々のサーバーだけを単独で守る発想ではなく、業務上意味のある単位(プロテクトサーフェス)を起点に保護を設計する。

具体例:架空の金融サービス組織の「決済システム」

CSAの文書は、架空の金融サービス組織を例として用いている。この組織には、ATM、決済(Payments)、SWIFTゲートウェイ、取引ポータル、メインフレーム、Active Directory、DNS/NTP、ローン、VDI、PKIなど、多数のプロテクトサーフェスが存在する。そのそれぞれに「関連度(重要度)スコア」と「現在のZTセキュリティ成熟度」が割り当てられ、次にどこへ取り組むかを判断する材料になる。

そのうちの1つ、「決済システム」というプロテクトサーフェスを取り出してみる。これは単一の要素ではなく、関連する複数のDAAS要素から構成される、1つの業務情報システムである。

  1.  データ:カード会員データ(取得と支払い処理のためのデータ)。
  2. アプリケーション:カード会員データを管理し、支払いを処理するWebアプリケーション。
  3. 資産:そのカード会員データを保存するデータベースをホストするサーバー。
  4. サービス:外部のクレジットカード決済処理サービス、およびDNS。

CSAの文書の「表1」には、このほかにもCRMシステム、文書リポジトリ(SharePoint Online)、産業制御システム(化学プラント)、スマートエネルギー計測・課金システムなど、業種をまたいだプロテクトサーフェスのサンプルが、それぞれのDAAS内訳とともに示されている。いずれも『関連するDAASを束ねた1つの業務情報システム』として定義されている点が共通している。

図2:決済システムのプロテクトサーフェスを構成するDAAS要素(「ゼロトラスト・プロテクトサーフェスの定義」表1を基に作成)

業務情報システムデータアプリケーション資産サービス
CRMシステム顧客データ(製品・サービス・連絡先・イベント等)CRMアプリ(SaaS)CRM SaaS事業者のCRMサーバー顧客・組織のアイデンティティサービス、DNS
文書リポジトリファイルとメタデータSharePoint OnlineMicrosoftのインフラIDaaS(Azure Active Directory)
決済システムカード会員データ決済処理を行うWebアプリDBをホストするサーバー外部クレジットカード決済処理、DNS
産業制御システム化学プロセスの制御・センサーデータ化学プロセス制御アプリプラントのセンサーとPLCHVAC(空調)
スマートエネルギー計測・課金電力消費量・顧客データ顧客モニタリング・請求システムスマートメータースマートメーター無線ネットワーク

表1:プロテクトサーフェスのサンプル(「ゼロトラスト・プロテクトサーフェスの定義」表1の内容を基に作成)

こうしてプロテクトサーフェスを選んだら、その中身を具体的に書き出していく。手順は大きく2段階である。まず①として、そのプロテクトサーフェスを構成するDAAS要素(データ・アプリケーション・資産・サービス)を、責任者や業務上の重要度とあわせて洗い出す。決済システムなら、データ=カード会員データ、アプリ=決済Webアプリ、資産=DBサーバー、サービス=外部の決済処理サービスやDNS、責任者=決済システムの担当リーダー、重要度=最高(関連度スコア100点。止まれば売上に直結する)、といった具合である。次に②として、洗い出した各DAAS要素を、実際の技術的な実体に対応づける。ただし、その「実体」の捉え方は環境によって異なる。物理サーバーやVMなら特定のIPアドレスやホストになるが、コンテナのように動的な環境では、IPが頻繁に変わり物理サーバーとの対応も崩れるため、クラスタ・名前空間・サービス名やワークロードのアイデンティティ(ラベル、サービスアカウント等)で捉える。いずれにせよ、ネットワーク上の位置(IP)そのものではなく、その要素の“正体”に紐づけるのがゼロトラストの発想である。CSAの文書も、これらの情報を『プロテクトサーフェスを特徴づける重要なメタデータ』と位置づけている。ここまで具体化して初めて、後続のステップ(トランザクションフローの可視化やポリシー設計)で『実際に守る対象』として使えるようになる。

誰が、どこまで定義するのか

プロテクトサーフェスの定義は、技術担当者だけで決めてはならない。業務プロセスのオーナー、CISO、運用担当者など、立場の異なる人々を集めて「自社にとって重要な資産は何か」を議論する必要がある。業務オーナーだけに任せれば、Active Directoryのように『業務からは見えにくいが、極めて価値あるデータを保持するもの』を見落としかねない。逆にIT部門だけでは、業務側の重要度を捉えきれない。

そのため、ステップ1に入る前段として、「これからゼロトラストに取り組む」という組織的な合意形成が要る。いきなり業務オーナーを会議に呼んでも話は通らない。あわせて、後続ステップでは時間や新たな製品への投資が生じるため、経営層の理解と予算承認をあらかじめ得ておくことが望ましい。 進め方としては、業務プロセスやエンタープライズアーキテクチャ、アプリ一覧から降ろしていくトップダウンが理想である。それが難しければ、使用中のIPアドレスからサーバー、そしてアプリを辿るボトムアップでも網羅できる。いずれにせよ、まずは責任者・保有データ・重要度といったメタデータを書き出し、最終的にIPアドレス・サーバー・クラウドリソースへ対応づける。「定義のための定義」で終わらせず、実際に守るために使うことが肝心である。

「特定・分類・評価」する

CSAの文書では、プロテクトサーフェスの定義を、単なる棚卸しではなく、組織のDAAS・事業リスク・現在のセキュリティ成熟度を「特定し、分類し、評価する」プロセスとして位置づけている。

実務上のポイントは、DAAS要素を個別にバラバラに扱うのではなく、「業務情報システム」という意味のあるまとまりとして整理することである。たとえば架空の金融機関を例にとると、関連するデータ・アプリケーション・資産・サービスを業務システム単位でグルーピングし、それぞれの重要度を見極めていく。

ここで重要なのは、CSA文書がこの業務情報システムを1つのプロテクトサーフェスと等価とみなしている点である。すなわち、1つのプロテクトサーフェスは複数の関連するDAAS要素から構成され、それらがまとまって1つの業務システムを形づくる。そのうちの1つが、事業上・リスク上の観点で「主要な要素(primary element)」と位置づけられることが多い。なお、すべてのプロテクトサーフェスがDAASの4種別すべてを備えるとは限らず、大規模で複雑な業務情報システムは、リスクレベルの異なる技術が混在する場合に、相互に関連する複数のサブシステム(=別個のプロテクトサーフェス)へ分割されることもある。

文書の図4では、同じ組織の中に複数のプロテクトサーフェスが定義され、互いに連携する様子が描かれている。たとえば、カード会員データを扱う決済システム(高リスクの主要な業務情報システム)、プライバシー要件のある内部向けのHRMS(人事)システム、内部・外部向けで商業的要件をもつCRM、そして全体を支えるIAM(Active Directory)やDNSといったサポートサービスが、それぞれ独立したプロテクトサーフェスとなり、相互に影響し合う。1つのプロテクトサーフェスは孤立して存在するのではなく、他とインターフェースをもつ点が重要である。 粒度の取り方も重要である。アプリケーションとそのデータのように一体として守るべき関連DAASは、まとめて1つのプロテクトサーフェスとする。逆に、大規模で複雑な業務情報システムは、リスクレベルの異なる技術が混在する場合、サブシステムに分割する。たとえばCSAの文書では、大きな「サービス監視・課金業務システム」の一部であるOTのスマートメーター測定システムを、別個のサブシステム(プロテクトサーフェス)として扱う例を挙げている。完璧な区分けを最初から求めず、反復のなかで適切な粒度に整えていけばよい。

優先順位をどうつけるか

すべてのプロテクトサーフェスを同時に守ろうとすれば、結局は最初の壮大なプロジェクトに逆戻りである。そこで欠かせないのが優先順位づけである。ただし注意したいのは、ゼロトラストには性質の異なる2つの順序があることだ。1つは、各プロテクトサーフェスが事業にとってどれだけ重要かを測る「重要度のランク付け」。もう1つは、実際にどこから手をつけるかという「着手の順番」である。この2つはしばしば一致しない。まずは重要度のランク付けから見ていく。判断軸は、リスク・重要度(クリティカリティ)・組織の現在のセキュリティ成熟度であり、ビジネスインパクト分析(BIA)があればそれを起点に、なければ資産の棚卸しを行って、価値の高い順にランク付けする。

CSAの文書では、この重要度のランク付けを「関連度(重要度)スコア」による相対評価として示している。先の金融サービス組織の例では、決済(Payments)やSWIFTゲートウェイ、ATMといった中核業務は100点、取引ポータルは95点、VDIやローンは88点、PKIは80点、というように相対的な点数が与えられている。ここで「うちは全部100点だ」となりがちだが、まさにその議論こそが必要である。すべてが最優先なら、何も優先していないのと同じだからである。

点数化の材料としては、関わるデータの分類(規制・法令の対象か、PCI/PHI/PIIや知的財産にあたるかなど)やコンプライアンス要件、そして機密性・完全性・可用性(CIAトライアド)の要件と、侵害・停止が起きた場合の潜在的な影響を考慮する。たとえば文書の浄水場の例では、フッ化物濃度を制御する資産が侵害されれば水質、すなわち完全性(インテグリティ)が損なわれうる。このようにCIAの観点から、各プロテクトサーフェスのリスクを見立てていく。

では、この重要度のランク付けどおりに、重要なものから着手すればよいのか。実はそうではない。ここで2つめの「着手の順番」が関わってくる。ゼロトラスト実装で繰り返し強調されるのは、最初から組織全体を網羅する完璧なアーキテクチャを目指さないことである。対象を1つ(あるいは数個)に絞って起点とし、1つずつ積み上げていく。「一口サイズ」に分割して反復的に進める。そして着手の順番としては、いきなり最重要の本命に挑むのではなく、まず重要度の低いもので練習して経験を積み、その後に本命へ進むのが定石である(次節で詳述)。つまり、重要度のランク付けと着手の順番は別物であり、両者を切り分けて考えることが、矛盾なく進めるコツである。

よくある落とし穴と反復ロードマップ

最大の落とし穴は、最初から全部をやろうとすることである。よほど小さな組織でない限り、すべてを一度にマッピングしようとすれば必ず頓挫する。まず思いつくものを10〜15個書き出し、そのうえで5つほどに絞って作り込むのがよい。5という数は、達成可能で「やり切った」という区切りも得やすい、ちょうどよい目安である。

最初の1〜2個は、あえて重要度の低いものを「練習台」に選ぶとよい。後続のステップで実装作業に入った際、万一障害が起きても業務影響が小さく、落ち着いて手順を習得できるからである。腕が上がったところで、本命である「企業の重要資産(クラウンジュエル)」へ進めば、セキュリティ・ポスチャを大きく前進させられる。この「学習→練習→重要資産」という進み方は、John Kindervag氏(Palo Alto)による『ゼロトラストの学習曲線(The Zero Trust Learning Curve)』として知られ、CSAの文書でも図として引用されている。

そして重要なのが、ステップ1を全対象で終えてからステップ2へ、という進め方をしないことである。選んだ5つ(あるいは1つ)について5ステップを通しで回し、それを反復する。全部を一度に進めようとすれば、いつまでもステップ5にたどり着けない。さらに、発見の過程で役割が不明なDAAS要素が出てきても、慌てて削除・廃止してはならない。一見不要に見えて、実は業務運営上の重要な役割を担っていることが少なくない。 最終的には、このプロセスを業務の「第二の習慣」として根付かせる。新しいプロジェクトが立ち上がるたびに「これはどのプロテクトサーフェスか」を問い、5ステップを回す。そして、「最初の5つを2か月で完了させ、次の5つへ」というようにロードマップを持って進める。こうすると、限られたセキュリティ予算が「ファイアウォールの定期更新」ではなく、本当に守るべき業務へと向かう。既存のファイアウォールやエンドポイントを活かしながらでも、この順序で取り組むこと自体に価値がある。

まとめと次回予告

第1回では、ゼロトラスト実装の5ステップ全体を俯瞰し、その出発点である「プロテクトサーフェスの定義」を見てきた。要点は次の4つである。

  • ゼロトラストは製品ではなく戦略であり、5ステップを反復的に回して育てるものである
  • 守る対象を絞ったプロテクトサーフェスは、アタックサーフェスより小さく、常に把握できる
  • DAASを業務情報システム(=プロテクトサーフェス)単位で特定・分類・評価し、リスクと成熟度に応じて優先順位をつける(決済=100点、PKI=80点のように相対評価する)
  • 最初から全部をやろうとせず、5つ程度に絞り、低リスクのもので練習してから本命へ。対象ごとに5ステップを通しで回し、ロードマップを持って反復する

次回(第1.5回)は、ISO/IEC27005の資産管理の考え方である主要資産と支援資産と、プロテクトサーフェスの考え方を検討し、ISMSでの資産の考え方とプロテクトサーフェスの関係を明確にしてみる。

そのうえで、次々回(第2回)で、ステップ2「トランザクションフローのマッピング」を取り上げる。守るべき対象が決まったら、次はそのデータやリソースが「どこから来て、どこへ流れているのか」を可視化していく。

以上

ISO/IEC 27017:2026における役割の位置付けと管理策の対応関係

ISO/IEC 27017:2026が2026年7月28日に公開されました。そこで、FDISのころから気になっていた規格上の新たな登場人物のクラウドサービスユーザー(CSU)・クラウドサービスパートナー(CSN)について、また、CSNに絡む新設の管理策である5.39 CLDについてまとめてみると共に、2015年版からのクラウド拡張管理策の継承関係についてまとめて資料として作成しました。

注意)2026年8月8日に更新し、V1.1としました。変更点につきましては、文書内の更新履歴を参照してください。

資料はこちらからダウンロードしてください

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フロンティアAI脅威対応はセキュリティ現場に追い風

2026年7月26日
SaaSセキュリティリーグ 諸角昌宏

第7回SaaSセキュリティリーグ会議

「SaaSセキュリティリーグ」は、SaaSユーザー企業の実務者同士で情報交換を行う取り組みである。SaaS管理者やセキュリティ担当者を横串でつなぎ、知見交換を行うことで、セキュリティレベル向上に貢献していくことを目的としている。ここでは、「SaaSセキュリティリーグ」が行った第7回会議の内容をまとめて公開する。なお、今回は会議の内容をベースに情報セキュリティの基本対策について筆者の考えとしてまとめた。

議論の概要

フロンティアAI(高性能AI)がシステムの脆弱性を短期間・大量に自動発見する能力を持ち始め、サイバー攻撃の質と速度が根本的に変容しつつある。大量パッチが一斉提供される事態を想定した早期対応が急務と判断。金融庁と日本銀行が連名で金融機関等に緊急要請を発出した(https://www.fsa.go.jp/news/r7/sonota/20260522-5/01.pdf)。
今回のSaaSセキュリティリーグでは、この要請の内容をもとに、フロンティアAI脅威対応を検討する情報システム部門の方々でディスカッションを行った。

金融庁と日本銀行による要請の概要

以下、9項目について、おおむね1か月以内に対応することが求められた。

  1. 経営課題として位置づけ
    フロンティアAIへの対応を経営上の優先事項とし、経営層が直接指揮・関与する体制を構築する。IT・セキュリティ部門任せにせず、経営トップが全社的課題として主導する。CIO・CISOら経営層が対応方針の策定から状況把握まで継続的に関与すること。
  2. 優先対象システムの特定
    社会的影響が大きいサービス・システムを優先リストアップし、対応順位を明確化する。リソース拡充には限界があるため、リスクベースで優先度を決める。特にインターネットバンキング等、重要業務を支える外部公開システムを最優先とし、共同運営システムでは責任分担を事前に明確化する。
  3. 技術的負債の解消
    優先対象のEOS製品・脆弱構成・サポート切れソフトウェアを洗い出し排除する。2で特定したシステムのソフトウェア・ネットワーク構成を再確認し、脆弱性発見時に即座に対象を特定できる状態にする。不要ポートの閉塞、特権IDの削除、サポート終了製品の更新なども実施。
  4. パッチ適用人員の確保
    大量パッチ適用を短期間で処理できる人的リソースを追加・再配置する。他部門からの応援も含め人員を増強し、ベンダー側のリソース確保状況も事前に確認する。脆弱性の優先度評価体制も併せて強化する。
  5. ベンダー契約の確認
    保守契約のSLA・パッチ提供範囲・対応時間を確認し不備があれば改定交渉する。パッチ適用が契約範囲・役割分担に含まれているか、夜間・休日対応が可能か、SLA/SLOが遵守できるリソースがベンダー側にあるかを確認。ひっ迫時の絞り込みやリスク受容プロセスも整備する。
  6. リスクベースのパッチ運用
    CVSSスコア一辺倒を脱却。自社システムへの影響度・攻撃可能性を加味して優先付けする。CVSSスコアだけでなく攻撃成立の蓋然性も踏まえて優先順位を判断する。パッチ適用前テストについても、障害リスクと未適用リスクを比較し、合理的な縮小を検討する。
  7. 多層防御の強化
    パッチ適用以外の手段(WAF・ネットワーク分離・特権アクセス制限等)も並行強化する。パッチ適用が困難・遅延する場合、WAFによる仮想パッチ、ボット対策、ネットワーク分離、特権IDへの多要素認証、EDR等の多層防御で補う。これらは恒久策ではなく、残存リスクを踏まえたリスク受容手続が必要。
  8. BCP・代替手段の整備
    優先サービスの停止を前提にしたBCPを見直し、代替手段・縮退運転の手順を整備する。防御が破られる可能性を前提に、能動的なシステム停止の判断基準・手順をあらかじめ検討。BCPの有効性、顧客対応手順、緊急連絡体制も点検する。テスト縮小に伴う障害増加やサードパーティ製品の停止リスクにも備える。
  9. 外部連携の強化
    NISC・金融ISAC等との情報共有体制を維持・強化し、早期警戒情報を活用する。金融ISAC、業界団体、当局等から情報を積極的に収集する。自組織の対応状況も共助コミュニティで共有し、業界全体の強靭性向上に貢献する。

ディスカッションポイント

ここでは、SaaSセキュリティリーグでディスカッションされた内容をリストアップする。

  • 9項目の対策は、全体的に当たり前の対策を行うことを求めている。新しく何かやっていくということではないし、特別に何かやるということではない。今まで手が回っていなかったことを、きちんと実行していくという認識である。
  • パッチ適用は各オーナーの対応となっている。システム管理者の判断により、パッチにどのように対応するかが決まっている。したがって、ミュトスの前後で特に何も変わってない。
  • 経営者は、ミュトスという脅威があるが具体的にどのような対策が必要なのかは理解できていない。逆に、アサヒビール、KADOKAWA、ニチレイ等の事象を脅威ベースで捉え、積極的に対策を求めている。これらの事象は、BCPあるいはレジリエンスの問題としてとらえやすいため、そのための対策を求めている。
  • 9項目の要請は、基本的にセキュリティハイジーンの強化を求めている。セキュリティハイジーンは、必要性は分かっていてもなかなか実施できていないところであり、このような要請により業界の認識が高まって行けば良いと考えられる。セキュリティ部門にとっては追い風と言えるかもしれない。
  • 経産省も、所管する重要インフラ事業者に対して要請をしている(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA302PI0Q6A430C2000000/)。重要インフラからセキュリティハイジーンの強化が徹底されて、それがさらに一般企業に落ちてくるような流れができると、情報セキュリティのレベルの底上げにつながることが期待できる。
  • 金融ISACでは、様々な角度から情報セキュリティの検討が進められている。この情報が、一般にも広められうようなことができると全体的な底上げにつながるのではないだろうか。

まとめ

ここからは、ディスカッションの内容をベースに筆者としての見解として整理してみたい。

対策9項目は、経営者と現場でなぜ十分に取り組まれてこなかったのか?

9項目について、何故対応が進まないかについて整理すると以下のようになると考えられる。あくまで、筆者としての意見であり、すべての組織に通じるものではないことを述べておく。

  1. 経営課題として位置づけ
    経営者:具体的インシデント事例には前向きに動くが、抽象的な脅威にはなかなか動かない。「守れて当たり前」の話にお金や労力をかけたがらない。
    現場: 難しい技術の話を偉い人に分かるように説明するのが大変。言われても本気で取り合ってもらえないことが多かった。
  2. 優先対象システムの特定
    経営者: 「このシステムは後回し」とはっきり言うと、後で問題が起きたときに責められる。だから決めたがらない。
    現場: 自分の部署のシステムが「後回し」にされると、予算や人員を減らされる前触れに見えて反発が起きる。
  3. 技術的負債の解消
    経営者: 今動いているものに手を入れる投資は「無駄遣い」に見えやすく、他のことにお金を使いたがる。
    現場: 古いシステムほど詳しい人がいなくなっていて、触ると壊れる不安が大きく、みんな避けてきた。
  4. パッチ適用人員の確保
    経営者: セキュリティはお金を生まない部門なので、人を増やすことに二の足を踏みがち。
    現場: パッチ適用は各オーナーが対応している状況で現状特に問題ない。適用スピードを上げた場合のリソース不足への対応は今後の検討課題。
  5. ベンダー契約の確認
    経営者: 契約を見直すと値上げ交渉になりやすく、コストが増えるのを嫌う。
    現場: 法務や調達を巻き込む面倒な手続きが必要で、今の契約の甘さがバレて気まずい思いをすることもあった。
  6. リスクベースのパッチ運用
    経営者: テストを省いて後で障害が起きたら自分の判断ミスになるので、はっきり決めたがらない。
    現場: 品質を落とす判断は技術者として抵抗があり、過去に急いで直して逆に壊れた経験もあって慎重になっている。
  7. 多層防御の強化
    経営者: 「保険」のような投資で成果が見えにくく、後回しにされやすい。
    現場: 導入すると誤警報が増えたり、既存の仕組みと合わなかったり、利用者から「面倒くさい」と文句が出たりして負担が増える。
  8. BCP・代替手段の整備
    経営者: まだ実害が出ていない段階で自ら止める予防的な判断は、結果的に何も起きなければ「過剰対応だった」と批判されかねず、様子見をして先送りしたい。
    現場: 「誰が止める判断をするのか」がはっきりしないまま、責任だけ押し付けられるのが怖い。
  9. 外部連携の強化
    経営者: 外部との情報発信・連携は、規制当局から明確に要請されない限り動き出さない受け身の姿勢が実情。自ら進んで他業界・他組織に知見を発信していく発想が弱い。
    現場: 金融ISAC等の既存コミュニティ内での情報交換自体は行われているが、そこで得た知見を組織の枠を超えて広く共有・発信するところまでは踏み込めていない。

まとめると、効果が目に見えにくい、何かあったときの責任が特定の人にのしかかる、古いシステムや知識が特定の人に頼りきりになっている、という3つの構造的な事情が根っこにあるものと考える。

具体的な対策例

ここでは、9項目の要請に対する筆者が考える代表的な実装例として以下を上げる。今後の対策、検討の参考としていただきたい。

  1. 経営課題として位置づけ
    経営会議・取締役会での定例報告化、経営トップを本部長とする緊急対策本部の設置、CISO直轄タスクフォースの編成、対応予算の緊急予備枠確保。
  2. 優先対象システムの特定
    外部公開資産の棚卸し(アタックサーフェス管理)、資産管理台帳(CMDB)の整備、ビジネスインパクト分析による重要度ランク付け、ネット取引・決済・顧客DB等を最優先リスト化、共同運営システムの責任分担を契約書で明文化。
  3. 技術的負債の解消
    ソフトウェア部品管理表(SBOM)の整備、不要なポート・サービスの洗い出しと閉塞、特権IDの棚卸しと削除、EOL(サポート終了)製品のリストアップとアップグレード計画策定。
  4. パッチ適用人員の確保
    脆弱性対応の臨時専任チーム編成、他部門からの応援ローテーション、MSSPの活用拡大、ベンダーへの増員要請と体制確認。
  5. ベンダー契約の確認
    維持保守契約のパッチ対応条項レビュー、夜間・休日対応のSLA明記、複数組織で同時発生した場合の代替対応策の検討、クラウド事業者からの報告体制の確認。
  6. リスクベースのパッチ適用
    CVSSに加えEPSS(悪用予測スコア)やKEV(実際に悪用済みの脆弱性リスト)を併用した優先順位付け、深刻度別のパッチ適用期限設定(重大:24時間以内、高:72時間以内など)、システムの重要度に応じたテスト範囲の簡略化ルール策定。
  7. 多層防御の強化
    クラウド型WAFによる仮想パッチ、EDR/XDRの導入拡大、特権アカウントへの多要素認証必須化、ネットワークセグメンテーション、ボット対策(レート制限等)の導入。
  8. BCP・代替手段の整備
    BCP/DRの机上訓練実施、能動的サービス停止の判断基準・承認フローのマニュアル化、顧客向け緊急連絡テンプレートの事前準備、緊急時エスカレーション体制の整備。
  9. 外部連携の強化
    ISACへの加入・積極参加、業界内の脅威インテリジェンス共有会合への参加、IPA等からの情報の定期収集、自組織の対応事例の匿名化共有。

まとめのまとめ

金融機関等への緊急要請の中で触れられている「AI性能の高度化を踏まえたサイバーセキュリティ対策の強化について ~Project YATA-Shield~」では、「重要インフラ事業者等においては、高性能AIの悪用リスクに備えたサイバーセキュリティ対策の実施や、より高速かつ大量に脆弱性が発見・修正されることを前提とした対策強化を行うとともに、ベンダ等においては、高性能AIの活用を含め、より早期の脆弱性の発見・修正等の実施」を求めている。あくまで重要インフラ・防衛産業に限定された要請であるが、筆者は、一般企業へは①サプライチェーン圧力、②ベンダー主導の標準化、③インシデント報道による自主対応という経路で広がる可能性があると考える。

このような要請が一般企業に広まるかどうかに関わらず、情報セキュリティ部門にとって、この緊急要請の9項目はいままでやりたくてもなかなかできなかった基本対策やセキュリティハイジーンであるといえる。今回の要請は、これまで優先順位を上げにくかった基本対策を経営課題として位置付ける契機となり得る。セキュリティの基本対策の整備から、継続的に改善するセキュリティハイジーンに取り組むことで、組織のセキュリティレベルを大きく向上させることができるチャンスと捉えることが重要であると考える。

以上

BioShocking:フィクション設定によるAIブラウザのガードレール突破 ~ 間接的プロンプトインジェクションによるエージェント型ブラウザからの認証情報窃取

2026年7月15日
AIWGメンバー 諸角昌宏

本ブログは、CSAI FoundationとCSA本部が2026年7月8日に公開したリサーチノート「BioShocking: Fictional Framing Breaks AI Browser Guardrails」の内容を、日本語で要約したものである。本ブログの内容と原文とで差異があった場合には原文が優先される。

1. 要点

セキュリティ企業LayerXの研究者が、「BioShocking」と名付けた手法を公表した。これは、AIブラウザの「エージェントモード」に対してフィクションのゲーム設定を装った文脈を与えることでガードレールによる安全判断を迂回させ、ユーザーのログイン済み認証情報を持ち出させる攻撃手法である。

検証対象となった6つのエージェント型ブラウザ・拡張機能(OpenAIのChatGPT Atlas、PerplexityのComet、AnthropicのClaude Chrome拡張機能、Fellou、Genspark Browser、Sigma Browser)のすべての製品で概念実証(PoC)による攻撃成立が確認された。

この攻撃は攻撃者による追加のコード実行や脆弱性悪用を必要としない、自然言語による文脈操作のみで成立する。そのため、既知の悪意あるコードやシグネチャを検知する従来型のコンテンツフィルタリングやマルウェアスキャンでは、この手法を検知することは困難とみられる。

ベンダーの対応は一貫していない。OpenAIはChatGPT Atlasを修正済み、AnthropicはClaude Chrome拡張機能への修正を試みたが回避手法が依然として報告されている、Perplexityは対策を講じずに報告をクローズ、残る3社(Fellou、Genspark、Sigma)は開示に対して一切応答していない。 CSAは、この問題を個別実装ではなくアーキテクチャ上の課題と評価している。エージェント型ブラウザは、メール、コードリポジトリ、クラウドコンソール、パスワードマネージャーなど、ユーザーの認証済みセッション状態を引き継ぐ一方で、その認証済みコンテキストを、攻撃者が自由に書き換え可能な周囲の会話コンテキストよりも機密性が高いものとして扱う仕組みを、一般的に備えていない。

2. 背景

エージェント型AIブラウザ、つまりLLMがWebページを操作し、リンクをクリックし、フォームに入力し、ユーザーに代わってページ内容を読み取る製品は、この1年で実験的機能から主要AIベンダーの正式製品へと移行した。ChatGPT Atlas、Perplexity Comet、Anthropicの Claude for Chrome拡張機能はいずれも、単にユーザーが読み込んだページを要約するだけでなく、有効な認証済みブラウザセッション内でモデルが自律的に行動する権限を与えている。

この能力拡張こそが、間接的プロンプトインジェクションを危険にしている要因である。モデルはもはやユーザーが貼り付けたテキストについて質問に答えるだけの存在ではなく、リンクの追跡、フォームの送信、非公開データの読み取りといった、実質的な影響を伴う判断を、訪問先のあらゆるページ上に存在するテキスト(攻撃者が完全に制御するページを含む)に基づいて行っている。

LayerXの主任研究員Roy Paz氏は、この手法をビデオゲーム『BioShock』にちなんで「BioShocking」と命名した。同作では、プレイヤーキャラクターが「Would you kindly」という言葉で始まる指示に無条件で従うよう条件付けされており、それらの指示が単にゲームの内部ロジックの一部にすぎないと、本人が気づかぬまま信じ込まされている。

Paz氏の見立てでは、攻撃者がモデルに対して「フィクションあるいはルールが変更された文脈に入った」と信じ込ませることができれば、モデルは現実世界の安全訓練ではなく、そのフィクション文脈のロジックを適用してしまう可能性がある。この傾向は、検証対象となった6つのブラウザすべてにおいて、実際の認証情報を用いて実システムに対して操作している最中であっても確認された。LayerXは2025年10月から2026年1月にかけて影響を受ける6社に開示を行い、2026年6月下旬に技術詳細を公表。The Hacker News、Malwarebytes、SecurityWeekなど複数のメディアが2026年7月上旬にかけて追随報道を行った。

これは、悪意ある指示がWebページや文書、コードコメントなど、モデルが処理するコンテンツの中に隠され、ユーザーが直接入力したものではない「間接的プロンプトインジェクション」として広く議論されている弱点に合致するものである。CSAの見解では、BioShockingが注目に値するのは注入経路そのものよりも、隠しテキストや難読化されたUnicode、エンコードされたペイロードを一切用いない「純粋な物語的フレーミング」だけで、LayerXが検証したすべてのエージェント型ブラウザのガードレールを突破できることを示した点にある。 この違いは防御側にとって重要な意味を持つ。間接的プロンプトインジェクション対策に関する公開議論の多くは、モデルに届く前のページコンテンツを無害化・検知すること(隠しテキストのフィルタリング、異常な書式の除去、既知のジェイルブレイク表現の検出)に焦点を当ててきた。しかしBioShockingのパズルページにはそうした兆候が一切なく、すべての指示は平文で可視、かつ一見ゲームの内容として自然なテキストだった。したがってLayerXが明らかにした脆弱性は、コンテンツフィルタリングよりも下流、すなわち「認証済みコンテキストの中で、その要求を実行してよいか」というエージェント自身の判断に存在しており、これがより優れたコンテンツフィルタだけでは解決できない理由である。

3. セキュリティ分析

LayerXのPoCは、BioShock風のディストピア的パズルゲームを模したWebページを作成し、エージェントモードで動作するAIエージェントにゲームへの参加を促す形で構成された。序盤のパズルでは意図的に客観的に誤った回答(例:「2+2=5」を正解とする)を報酬付けし、そのセッション内でエージェントに「外の世界の通常のルールはこのゲーム内では適用されない」と受け入れさせるよう仕向けた。

この逆転ロジックをエージェントが受け入れた後、最終段階のパズルは、ユーザーが既に認証済みのGitHubリポジトリ内の認証情報(例:SSH鍵)のような機密情報を取得し、それを「解答」として報告するよう指示するものだった。逆転ロジックのフレーミングにセッションが誘導された結果、エージェントは通常であれば拒否するはずの、機密認証情報の抽出・送信という要求にゲーム外の文脈では応じないはずの要求に従ってしまった。

この攻撃連鎖は、現行のエージェント型ブラウザのアーキテクチャにおける3つの複合的な弱点を露呈している。

第一に、これらのエージェントは一般に、メール、ソースコードリポジトリ、クラウドダッシュボード、パスワードマネージャーなど、ユーザーの認証済みセッション全体を、人間ではなくエージェント自身が機密性の高い読み取り・操作を開始する際に、多くの製品では追加確認なしに引き継いでいる。

第二に、モデルの安全訓練は文脈の再フレーミングに対して脆弱であるとみられる。検証された6システムのいずれも、フィクションやゲーム的な設定であっても、実際に有効な認証済みデータに触れる操作である限り、現実世界の結果が停止されるわけではないことを認識できなかった。

第三に、この攻撃全体が通常の外見のページコンテンツに埋め込まれた普通の自然言語で表現されているため、Webセキュリティツールが一般的に依拠するパターンマッチングやマルウェアシグネチャによる防御を回避してしまう。最終的な情報持ち出しの段階まで、悪意あるコードも、注入スクリプトも、異常なネットワーク要求も存在しない。

CSAの見解では、ベンダー対応のばらつきは、エージェント型ブラウザ市場全体でガードレール実装の成熟度に大きな差があることを示唆している。LayerXの報告によれば、OpenAIはChatGPT Atlasに有効な修正を提供した一方、AnthropicによるClaude Chrome拡張機能への修正は回避手法を軽減したものの完全には排除できておらず、Perplexityは修正を実施せずにCometに関する報告をクローズした。小規模な新興ベンダーであるFellou、Genspark、Sigmaは、公表時点でLayerXの開示に一切応答していない。 この差は重要である。なぜなら、これらの製品は「ユーザーに代わって認証済みセッション内で行動できるエージェント」という同一の価値提案で競合しており、特定ベンダーのPoCが修正されていても、根本的なアーキテクチャ上の露出はカテゴリ全体で共有されている可能性が高いためである。

4. ベンダー別 開示対応・修正状況

製品ベンダー開示への対応修正状況
ChatGPT AtlasOpenAI受領し修正を実施LayerXが修正を確認済み
CometPerplexity AI報告をクローズ(未対応)修正未実施
Claude for ChromeAnthropic修正を試行回避手法が依然として存在するとの報告
FellouFellou無応答不明
Genspark BrowserGenspark無応答不明
Sigma BrowserSigmabrowser OÜ無応答不明

この対応状況の広がりは、単一ベンダーの修正内容の発表だけでは、この攻撃クラス全体が業界横断的に解決済みであるとみなせない理由を示している。各製品は、認証済みセッションへの広範かつ常時アクセスをエージェントに付与するという同一の一般的パターンの上に、それぞれ独自のガードレールロジックを実装しているにすぎない。

5. BioShockingが示すもの・示さないもの

BioShockingは、セキュリティ研究企業によって責任ある形で開示された概念実証であり、実際のユーザーに対して野放しで悪用が観測された攻撃ではない。LayerXは攻撃コードを公開していない。

この手法は、エージェントが自律的なブラウジング権限を既に付与された明示的な「エージェントモード」で動作し、かつ認証済みセッションが既に確立されていることを前提としている。すなわち、認証そのものを回避する手法ではなく、機密性の高いアカウントにエージェント権限を付与していないユーザーは、この特定の手法によるリスクにはさらされない。 それでもリスクが重大である理由は、エージェントモードの採用こそが市場が向かっている方向であること、そしてこの攻撃が、ユーザーのエージェントが自律的に閲覧している最中にたまたま訪問するWebページ以上の高度な仕掛けを何ら必要としないことにある。

BioShockingは、LLMそのものの脆弱性というよりも、LLMに認証済みブラウザ操作権限を付与したエージェントアーキテクチャにおける認可境界(authorization boundary)の設計課題を示した研究である。

6. 推奨事項

6.1 即時対応

エージェントモードや自律ブラウジング機能を有効化している組織のセキュリティチームは、ChatGPT Atlas、Comet、Claude for Chromeなど、対象となる製品において現在エージェントが常時アクセス可能な認証済みアカウント・セッションを洗い出すべきである。ソースコードリポジトリ、パスワードマネージャー、管理コンソールは、エージェントモードが監督なしに立ち入るべきではない高機密コンテキストとして扱う必要がある。各ベンダーに対し、BioShocking固有の修正、および文脈再フレーミング攻撃全般への対策が実装済みかどうかを確認すべきである。ベンダーが開示に応答していない、または修正の確認が取れていない場合は、機密性の高い認証済みセッションに対するエージェントモードのブラウジングを、ベンダーの対応状況が明確になるまで無効化することを検討すべきである。

6.2 短期的な緩和策

組織は、セッション全体に対する包括的なエージェントモード権限を付与するのではなく、認証情報・ソースコード・金融システムに触れる認証済みセッション内での読み取り・操作の前に、明示的な人間による都度確認を必須とすべきである。大規模にエージェント型ブラウザを導入する企業は、人間ユーザーアカウントやサービスアカウントに既に適用している最小権限の原則に倣い、エージェントがアクセス可能なドメイン・アプリケーション・認証済みセッションをできる限り狭く限定すべきである。この種の攻撃はマルウェアシグネチャを残さない一方で、観測可能な異常な操作シーケンス(エージェントが想定外のドメインにセッション中に移動する、認証情報ストアの読み取りを試みるなど)を生じさせるため、セキュリティチームはそうした異常挙動の監視体制も構築すべきである。

6.3 戦略的考察

BioShocking系攻撃に対する恒久的な解決策は、モデルレベルのパッチではなくアーキテクチャ上の対応である。エージェントシステムには、攻撃者が自由に操作できる会話・タスクの文脈と、エージェントに許可される認証済みの高権限操作との間に、強固な認可境界が必要であり、会話内でのいかなる物語的な再フレーミングも、それ単独では機密操作を認可できない構造にすべきである。エージェント型ブラウザを開発するベンダーは、「エージェントが通常のルールは適用されないと思い込んでいる」こと自体を、単に内容を評価すべき一つの指示としてではなく、人間へのエスカレーションを要する検知可能なシグナルとして扱うべきである。エージェント型AIブラウジング製品を評価・調達する企業は、LayerXが記録した6製品中6製品という失敗率が、特定ベンダーに限定された実装上の欠陥ではなく、現時点でカテゴリ全体に及ぶ構造的な課題であることを踏まえ、文脈操作への耐性をベンダーのセキュリティ評価基準に組み込むべきである。

7. CSA関連リソースとの整合性

CSAの「Identity and Access Gaps in the Age of Autonomous AI」は、本リサーチノートが取り上げるアーキテクチャ上のパターン、つまりエージェントが独立したエンティティとして管理されるのではなく、人間や共有アイデンティティを借用することで権限の継承と攻撃対象領域の拡大が生じるを、まさにBioShockingがすべてのブラウザで成功した「常時アクセス」の問題として描いている。

CSAの「Securing LLM Backed Systems: Essential Authorization Practices」は、LayerXが特定した根本原因、すなわち信頼された高権限システムが攻撃者の意図通りに動かされる間接的プロンプトインジェクションおよび「confused deputy(混乱した代理人)」攻撃に直接言及し、外部の認可チェックポイント、最小権限のスコーピング、人間参加型の統制を正しいアーキテクチャ上の対応として提示している。

CSAの「The AI Security Gap: Why Protecting Prompts Isn’t Enough」は上記の戦略的提言を裏付けるものであり、プロンプトレベルの防御だけでは実世界への影響力を持つAIシステムを安全にできないとし、モデル自身の判断に依拠するのではなく、モデルを取り巻くランタイムでの検査・強制レイヤーの必要性を訴えている。これはまさに、物語的な再フレーミングによってエージェントに自らの安全訓練を無視させたBioShockingが突いた隙間である。

最後に、CSAの「AI Controls Matrix(AICM)v1.1」は、エージェント型ブラウザの導入範囲を検討する際に組織が適用すべきガバナンス・統制の基準を提供しており、特にそのID・アクセス管理領域は、本リサーチノートが短期的な緩和策として推奨する最小権限・認可境界の実践を体系化している。

参考文献

  • [1] LayerX. “BioShocking AI: ‘Gaming’ the AI Browser and Escaping its Guardrails.” LayerX Security Blog, 2026年6月29日
  • [2] The Hacker News. “New BioShocking Attack Tricks AI Browsers Into Leaking User Credentials.” 2026年6月
  • [3] Malwarebytes. “BioShocking: When ‘Gaming’ AI Agents Is No Longer a Game.” Malwarebytes Labs, 2026年7月
  • [4] SecurityWeek. “‘BioShocking’ Attack Tricks AI Browsers Into Stealing Credentials.” 2026年7月2日
  • [5] Cloud Security Alliance. “Securing LLM Backed Systems: Essential Authorization Practices.” CSA AI Technology and Risk Working Group, 2024年
  • [6] Cloud Security Alliance. “The AI Security Gap: Why Protecting Prompts Isn’t Enough.” CSA Summit 2025 at RSAC, 2025年
  • [7] Cloud Security Alliance. “AI Controls Matrix (AICM) v1.1.” 2026年
  • [8] Cloud Security Alliance. “Identity and Access Gaps in the Age of Autonomous AI.” 2026年3月23日

以上

Root of Trust 体系整理 ~ デバイス・クラウド・アイデンティティ基盤における信頼の起点

ガイダンスWGリーダー 諸角昌宏

クラウドセキュリティに関わっていて、使用している環境は信頼できるのかという疑問にぶつかる。自分のPCなら目の前にある機械そのものを信頼すればよいと言えるが、クラウドでは物理的に見えない・触れない環境で動いているため、何を信頼の根拠にするかが難しい。そこで、この信頼の起点になるRoot of Trustをクラウドに限らず全般的に整理してみようというのがここでの目的である。

Root of Trustという概念は、TPMやHSMといったハードウェア単体の話にとどまらず、クラウドの仮想化基盤、FIPS 140-3やCommon Criteriaといった第三者評価制度、ISMAPやCSA CCMなどのガバナンス基準、OktaやパスキーのようなIDプロバイダ、さらにはJPKI・FPOSのような公的アイデンティティ基盤まで、幅広い層にまたがって登場する。ここでは、これらを個別バラバラに理解するのではなく、「信頼の起点」という一本の軸で串刺しに整理することを目的としている。

TPM/HSM等のセキュリティチップと、クラウド側のRoot of Trust実装の違いを整理したい方、ISMAPやCSA CCMなど、クラウドガバナンス制度がRoot of Trustをどう扱っているか把握したい方、JPKIのようなデジタルアイデンティティ基盤と、企業向けIdPとの役割分担を理解したい方には一読していただきたい。

資料はこちらのリンクより確認してください

ご質問・ご指摘があればこちらのブログに返信してください。

「Mythosレディ」とは何か(続編-3)~ VulnOps と CTEM を実装する実施例

2026年6月21日
AIWGメンバー 諸角昌宏

本ブログは、CSAジャパンとしての正式な見解ではなく、あくまで筆者の個人的な意見としてまとめたものである。しかしながら、この問題はクラウドセキュリティに関わる人に幅広く関係することとして、このCSAジャパン・ブログに掲載させていただく。皆さんの屈託のないご意見をいただければ幸いである。

前回のブログ(続編-2)では、AIによる脆弱性発見と攻撃の高度化が「公開から悪用までの時間」を急速に縮め、防御側の運用モデルそのものを変えつつあること、そしてその答えとして VulnOpsCTEMという2つの概念を取り上げた。「Mythosレディとは何か」についてブログシリーズ(3回連載)でまとめたが、VulnOps、 CTEMで「実際にどう手を動かすのか」ということが不明確であった。そこで、この続編-3として、実施例とユースケースの形で考察することとした。

結論を先に述べると、VulnOpsとCTEMは対立するものでも、別々に導入するものでもない。VulnOpsという日々の運用能力を、CTEMという5フェーズの継続サイクルの上で回すものである。そこに至るまでに、用語の揺れや適用範囲の誤解といった、実務で必ずつまずく論点も整理していきたい。

第1章 VulnOps の実装:実施例とユースケース

VulnOpsの本質は、脆弱性管理を「四半期に一度のスキャン」から「開発・運用ワークフローに組み込まれた継続的なプロセス」へ転換することにある。従来のようにサイロ化した定期スキャンではなく、継続的な監視と自動スキャンを日々の業務へ直接埋め込むことである。以下に、代表的な実施例を5つ挙げる。

1-1. CI/CD パイプラインへの組み込み(シフトレフト)

VulnOpsを最も導入しやすい入口である。コードのビルド・デプロイ段階にセキュリティスキャンを埋め込み、脆弱性が本番に到達する前に捕捉していく。

  • IaC(Terraform 等)テンプレートやコンテナイメージを、本番到達前にスキャンする
  • 開発環境での早期検出により、修正コストとセキュリティリスクを下げる(シフトレフト)
  • 開発チームへ迅速にフィードバックしつつ、デプロイのボトルネックを作らない

ツール例:SAST/DAST、コンテナスキャナ(Trivy、Grype)、IaC スキャナ(Checkov、tfsec)を GitHub Actions/GitLab CI に組み込む。

1-2. クラウド環境の継続的アセスメント

クラウドではリソースが数分単位で出現・消滅するため、従来型ツールでは追随できない。

  • クラウドネイティブ API を使ったエージェントレススキャンで、性能影響を抑えつつ網羅的に可視化する
  • クラウドの脆弱性の多くはソフトウェアの欠陥ではなく設定ミス(過剰な権限ロール、公開ストレージバケット等)に起因するため、CSPM 的な検知が中心になる

ユースケース:AWS/Azure/GCP 等ののマルチクラウドにおいて、シャドー IT資産や一時的リソースまで含めて常時棚卸しする。

1-3. リスクベースの優先順位付け

「すべて直す」ことは非現実的であり、この優先順位付けが VulnOps の肝である。

  • 脅威インテリジェンスを統合し、攻撃者が実際に狙っている脆弱性を特定し優先する
  • CVSS スコアだけでは特定環境での悪用可能性は判断できないため、資産の重要度・データ機密性・悪用可能性を組み合わせる
  • CISA の KEV(Known Exploited Vulnerabilities)カタログのように『悪用が現に確認された脆弱性』を列挙した公的リストを、優先順位の基準に据える。CVSS が高くても未悪用のものより、CVSS が中程度でも KEV にリストされた実際に悪用されている脆弱性を先に処理する
  • KEV を「絶対対応リスト」、EPSS(今後30日の悪用可能性スコア)を「予測指標」として併用すると、既知の悪用と将来の悪用見込みの両面から漏れなく絞り込める
  • 結果として、真にリスクとなるごく一部(各種研究では数%程度と報告されることもある)の脆弱性に集中でき、対応チームの疲弊を抑える

1-4. 修復の自動化とワークフロー連携

  • SIEM での相関分析、SOAR での自動対応と連携し、チケット発行まで自動化する
  • 本番投入前に非本番環境でパッチを自動テストし、システムの不安定化を防ぎつつ展開する
  • パッチ適用は数ある対処手段の一つにすぎず、設定強化・代替コントロール・アクセス制御と組み合わせる

1-5. コンプライアンス対応

  • PCI DSS、HIPAA、ISO 27001、SOC 2 は、定期的な脆弱性評価と適時の修復を要求している
  • 構造化された反復プロセスにより、継続的なセキュリティ改善の監査証跡を自動生成し、監査対応を「負担」から「戦略的優位」へ変えていく

第2章 VulnOps の適用範囲をめぐる注意点

実装に入る前に、概念の輪郭をはっきりさせておく必要がある。VulnOps は新しく、マーケティング寄りの揺れも大きい言葉である。ここを曖昧にしたまま導入すると、「何をやっているのか分からない取り組み」になりがちである。

2-1. 開発環境だけの話ではない

CI/CD への組み込み(シフトレフト)は印象的なので VulnOps の中心と誤解されがちだが、それは一部にすぎない。DevOps が開発だけでなく運用までを一体化した思想だったのと同じく、VulnOps も 開発から本番まで全ライフサイクルを貫く のが重要である。むしろリスクベースの優先順位付けと継続監視という核心は、本番環境の実資産と脅威情報があって初めて成立する。

段階VulnOps の適用
開発コード/IaC/イメージのスキャン
CI/CD自動チェック・ゲート
本番運用継続監視・設定検知・優先順位付け・修復

2-2. アプリを「使う側」では意味が変わる

アプリ(SaaS など)を利用する側では、その本体・OS・インフラの脆弱性対応はベンダー責任になる。したがって、以下のような対応となる。

  • 設定ミスの管理(SSPM):過剰な共有権限、公開リンク、外部ゲストアクセス、MFA/パスワードポリシー、管理者権限の付与状況
  • アイデンティティと OAuth 連携:誰がどのアプリにどの権限でアクセスできるか、サードパーティ連携が見えない侵入経路になっていないか
  • ベンダーリスク管理:自分でパッチを当てられない以上、SOC 2/ISO 27001、修正・通知の SLA、ペンテスト結果の開示でベンダーの健全性を評価する
  • シャドー IT・アプリ棚卸し:従業員が独自契約した未承認のアプリという、可視化されない攻撃面の発見

上記のアプリ利用側の対策は、VulnOps という言葉が広まる前から独立して確立した一般的なセキュリティ対策である。これらを VulnOps の傘へ後付けで吸収させ「これも VulnOps」と語るのは、用語を膨らませているだけで、有用な区別を消してしまうことになる。したがって、狭い本来の意味(スキャン&修復の継続運用)では、アプリ利用側で VulnOps の出番はほぼない。

重要なのは言葉の所属ではなく、これらの対策を共通のスコープ・優先順位・修復フローの中で一体運用することである。その役割を担うのが、次章の CTEM である。

第3章 CTEM:VulnOps を包含する継続運用サイクル

CTEM(Continuous Threat Exposure Management/継続的脅威露出管理)は、Gartner が定義した5フェーズのフレームワークである。VulnOps と違い用語の揺れがなく、何をやるかが明確に決まっている点が大きな違いである。Gartnerは、CTEMに基づいて投資を優先する組織は2026年までに侵害リスクを3分の2低減すると予測している。

3-1. CTEM は「脆弱性管理そのもの」ではない

ここは誤解の多い点である。CTEM は脆弱性管理から進化したものだが、対象範囲が脆弱性を超えて広がっており、正確には 露出管理(exposure management) と呼ぶべき、より広い枠組みである。

観点脆弱性管理(VM/RBVM)CTEM
対象CVE 中心CVE + 設定・権限・攻撃経路・SaaS 等
検証通常なし攻撃者視点で悪用可能性を実証
優先順位脆弱性の深刻度重要資産への攻撃経路
性質構成要素のひとつそれらを束ねる運用サイクル

つまり脆弱性管理は CTEM の一部(特に Discovery への入力)として組み込まれるが、CTEM = 脆弱性管理ではない。

3-2. 実装方法:5つのフェーズ

  1. Scoping(スコープ定義):何を守るかを決める。ビジネス上の優先度に従い、対象資産と攻撃面を定義する。初期スコープには外部攻撃面(インターネット露出資産)と SaaS セキュリティポスチャを含めるのが一般的。
  2. Discovery(発見):スコープ内の資産と弱点を洗い出す。CVE だけでなく、設定ミスやあらゆる露出を対象に含める。
  3. Prioritization(優先順位付け):重要資産を脅かす、実際に悪用可能な攻撃経路に絞る。アラート過多を解消し、本当に重要な脅威へ集中する。
  4. Validation(検証):攻撃者の手法を模倣し、その露出が自社環境で本当に悪用可能かを実証する。BAS(Breach and Attack Simulation)や継続的ペンテストが該当し、過検知を排除できる。ここがCTEM独自の強み。
  5. Mobilization(動員・修復):修復責任はセキュリティチームの外(IT・アプリ・各部門)に及ぶため、承認・実装・配備を定型化し、組織横断で動かす仕組みが要点。最も停滞しやすいフェーズ。

3-3. 主なユースケース(運用例)

運用例1:外部攻撃面の継続監視

四半期ごとの EASM(External Attack Surface Management)スキャンを常時監視へ変える。承認なしに立てられたキャンペーン用サーバーが検出され、古い CMS の既知脆弱性が悪用可能と実証される。修復責任は該当部門と IT に及ぶため、チケットを自動作成して定型フローに乗せる。年4回では数か月放置された露出が、数時間〜数日で捕捉・実証・修復に回ることができる。

運用例2:攻撃経路ベースの優先順位付け

スキャナが Critical 800件・High 3,000件を吐き出しても、攻撃経路マッピングで「重要資産に到達しうる連鎖」だけを抽出する。Critical の大半は到達不能で、むしろ Medium 評価の認証情報露出1件が、ドメイン管理者権限への唯一の踏み台だと分かる。800件ではなく経路上の十数件に集中する。VulnOps の優先順位付けが最も効く場面となる。

運用例3:SaaS ポスチャの継続評価

第2章で「これは一般的な対策であって VulnOps ではない」と整理したアプリ利用側の対策が、CTEM の中では正規の構成要素となる。SaaS を Scoping に含め、SSPM が設定・外部共有・OAuth 連携を Discovery し、退職者アカウントの広範トークンを Validation で実証し、Mobilization でトークン失効と無効化を行う。

運用例4:検証による過検知の排除

BAS でランサムウェアの典型的な攻撃チェーンをセキュアに模擬実行し、「EDR がここで遮断するはず」という想定が特定セグメントで素通りしていたと判明する。脆弱性スキャンには一切現れない、検知体制側の穴を修復対象に回す。

第4章 統合して扱う:3つの層

ここまで個別に扱った要素(脆弱性管理・ASM・SSPM・検証)を、CTEM という1つのサイクルへ束ねる。「統合」には3つの層があり、いずれか1つでは機能しない。

4-1. 層1:データの統合(単一の露出ビュー)

スキャナの CVE、ASM/EASM の外部露出、SSPM の SaaS 設定、CSPM のクラウド設定ミス、IAM の過剰権限など、これらを統合プラットフォームに集約し、攻撃経路という共通の文脈で1本の優先順位付きリストにする。CTEM の実装には、コードからクラウドまで攻撃面全体の可視性を統一する CNAPPはCTEM実装を支える有力な統合基盤の一つである。単独では低リスクな項目が、横断で見ると重要資産への一本道になっていく。これは個別ツールでは見えてこない。

4-2. 層2:ワークフローの統合(発見から修復まで自動で流す)

CTEM で実証された露出を SOAR や ITSM(ServiceNow、Jira 等)へ自動連携し、担当チームへチケットを自動発行する。SIEM とも連携させ、検証で見つかった検知体制の穴を SOC 側の改善へ回す。多くの CTEM プログラムは動員段階で停滞する。ツールだけ統合してもワークフローと組織が分断されていれば、「発見はされるが直らない」状態に陥る。

4-3. 層3:フレームワークの統合(傘として束ねる)

これまで別々に登場した概念を、CTEM の下に位置づけ直してみる。

個別の取り組みCTEM での位置づけ
脆弱性管理(VM/RBVM)Discovery への入力
ASM/EASM/CAASMScoping・Discovery の資産発見
SSPMSaaS スコープの Discovery〜Validation
BAS・継続ペンテストValidation
SOAR・ITSM 連携Mobilization

これが、第2章の「アプリ利用側の対策は VulnOps ではなく一般的な対策では?」という問いへのきれいな着地点になる。個別には独立した対策でも、CTEM という運用サイクルに乗せれば、共通のスコープ・優先順位・修復フローの中で一体運用される。VulnOps のように用語を膨らませて吸収するのではなく、フレームワークとして正式に束ねる 。ここが決定的な違いである。

4-4. 統合運用の1サイクル通し

  1. Scoping:今四半期は「外部攻撃面 + 主要 SaaS」を対象に設定
  2. Discovery:EASM・SSPM・スキャナの結果を統合プラットフォームへ集約
  3. Prioritization:攻撃経路マッピングで、重要資産に至る連鎖だけを抽出
  4. Validation:BAS でその経路が実際に通るか実証し、偽陽性を除外
  5. Mobilization:残った真のリスクを ITSM へ自動起票し、IT/アプリ/SOC へ分配
  6. 一周して終わりではなく、同じサイクルを継続的に回す
    たとえば、次の四半期は、今回スコープ外だった領域(例:クラウド上で動くVM・コンテナ等の『ワークロード』)を新たに対象へ加え、カバー範囲を段階的に広げる

5つのフェーズを継続サイクルではなく一度きりのプロジェクトとして扱うと CTEM は失敗する。成功には、組織的な足並みの統一・統合されたツール・各フェーズの明確なオーナーシップが必要であり、層2(ワークフロー)と層3(組織・フレームワーク)まで統合して初めて機能する。

まとめ:Mythosレディへの接続

AI による脆弱性発見と悪用が加速し、防御側に与えられる時間は縮み続けている。この新しいベースラインに耐える組織を、「AI脆弱性の嵐」は「Mythosレディ」なセキュリティプログラムと呼んだ。その中核に置かれたのが、脆弱性対応を一過性の作業ではなく恒久的な組織能力として運用する VulnOps の発想である。Bruce Schneierらは、AIによる脆弱性研究の運用化が「VulnOps」という新しい実務領域を生み出す可能性を指摘している。

本ブログの実装編を通して見えてきたのは、VulnOps は「日々の運用能力」、CTEM はそれを規律づけて回す「継続サイクル」である。 VulnOps をスキャン作業と狭く捉えれば、アプリ利用側や設定・アイデンティティの領域では出番がないように見える。しかし CTEM という傘の下に置けば、脆弱性管理も SSPM も攻撃経路検証も、共通のスコープと優先順位の中で一体運用される、Mythosレディな防御態勢の構成要素になる。

はじめの一歩としては、外部攻撃面の継続監視から小さく始め、サイクルを回す習慣をつけてから、攻撃経路の優先順位付けと検証へ広げる進め方が現実的である。最初から5フェーズすべてを完璧に回そうとすると、特に Mobilization の組織連携でつまずいてしまう。

概念を語る段階から、運用として回す段階へ。 それが、AI 駆動の脅威時代に「Mythosレディ」であることの実務的な意味だと考える。

出典・参考

  • CSA, SANS, [un]prompted, OWASP, “The AI Vulnerability Storm: Building a ‘Mythos-ready’ Security Program”(2026年)
  • Gartner, “How to Manage Cybersecurity Threats, Not Episodes”(CTEM フレームワークの出典)
  • 各種ベンダー・コミュニティによる CTEM/VulnerabilityOps(VulnOps)解説(Wiz、CrowdStrike、Rapid7、Splunk、Picus、XM Cyber 他)
  • Heather Adkins, Gadi Evron, Bruce Schneier, “Autonomous AI Hacking and the Future of Cybersecurity” (2025)(VulnOps を新たな専門領域として論じた論考)

以上

セキュリティを脅威で語るかぎり、対策は終わらない

2026年6月13日
ゼロトラストWGリーダー 諸角昌宏

本ブログは、CSAジャパンとしての正式な見解ではなく、あくまで筆者の個人的な意見としてまとめたものである。しかしながら、この問題はクラウドセキュリティに関わる人に幅広く関係することとして、このCSAジャパン・ブログに掲載させていただく。皆さんの屈託のないご意見をいただければ幸いである。

はじめに:ツールは増えたのに、不安は減らない

セキュリティ対策の一覧表を開くとそこに並んでいるのは、EDR、SASE、WAF、SIEM、メールセキュリティ……。気がつけば、対策の一覧が「導入済み製品の一覧」になってはいないだろうか。

毎年新しい脅威レポートを読み、新しい製品を検討し、予算を確保し、導入する。それでも不安は消えない。次の脅威が報じられれば、また次の製品の検討が始まる。多くの組織で、セキュリティはこのサイクルの中にあると思える。

本ブログでは、このサイクルの原因が担当者の問題ではなく、「セキュリティを脅威への対抗として捉える」という捉え方そのものにあることを示し、意思決定の起点に置く問いを入れ替えることで、やるべきことの順番と、それを組織に通す力がどう変わるかを提案してみたい。

第1章. 脅威を主語にすると、対応は「脅威ごとの足し算」になる

セキュリティの議論は、多くの場合「脅威」から始まる。新型ランサムウェア、サプライチェーン攻撃、AIを悪用した攻撃。脅威を主語に置くと、問いは自動的に「この脅威をどう防ぐか」になる。

ここに見落とされがちな構造がある。脅威はマルウェア、エクスプロイト、DDoSといった、個別の技術的な現象として記述される。個別の脅威の粒度で立てられた問いは、その脅威に対応する個別の対策——検知ルールの追加、設定の強化、訓練、そして最も典型的には対策製品の導入——を引き寄せることになる。しかし、いずれの形を取るにせよ、対応は脅威ごとの足し算になる。フィッシングにはメール対策と訓練を、ランサムウェアにはEDRとバックアップを、という具合に、脅威と対策の対応表を埋めていく発想である。

もちろん、脅威の認識から組織の足腰に関わる対応に至る場合もある。ランサムウェアの被害事例を見て、バックアップと復旧体制の見直しに取り組んだ組織は実際にある。しかし注意深く見ると、そこでは問いがいつの間にか「この脅威をどう防ぐか」から「攻撃されても戻ることができるか」に翻訳されている。この翻訳が起きなければ、対応は最短距離にある個別対策の追加——多くの場合は製品の導入——に着地してしまう。問いの立て方は答えを決定するわけではないが、答えの探索範囲を強く方向づける。そして現状、この翻訳は仕組みではなく、担当者個人の力量か偶然に任されてしまっている。

この「脅威ごとの足し算」は、以下の3つの帰結を生むと考える:

  1. 第一に、対策の全体像が「脅威と対策の対応表」になり、表の行を埋めた時点で完了した気になってしまう。個々の対策が製品か設定か訓練かに関わらず、対策同士の整合性や、それらを支える土台(資産管理、復旧力など)の有無は問われない。
  2. 第二に、責任が脅威に最も近いセキュリティ部門とベンダーに局所化され、経営・業務部門・一般の従業員にとってセキュリティは「自分の問題ではない」ものになる。
  3. 第三に、脅威は無限に更新され続けるため、足し算も無限に続く。新しい脅威が報じられるたびに対応表に行が増え、予算と人の疲弊を生む。冒頭の「対策一覧がツール一覧になる」現象は、この足し算の力学に、製品の形で答えを供給する市場の力学が重なった、最も目に見える症状である。

実例:「VPNは危険だ」という言説

身近な例がVPNを巡る言説である。ランサムウェア被害の報道でVPNが侵入経路として言及されることが増え、「VPNは危険だ。脱VPN・ゼロトラスト移行を」という言説が広まった。脅威(VPN経由の侵入)を主語にした瞬間、答えは「VPNを捨ててZTNA/SASE製品を買う」という製品の置き換えになってしまう。

しかし、以前のブログ(「VPN利用の現状と脱VPNの現実性について」)において、「SaaSセキュリティリーグ」での実務者による議論が示す現実は、もっと複雑である。VPNの利用は、従業員のリモートアクセス・サードベンダー用アクセス・拠点間アクセスという用途ごとに事情が異なる。SIPの制約でVPNを残さざるを得ない領域があり、SASEのコストの問題があり、パートナーからVPN接続を求められれば運用での統制で対応するしかない場面もある。

つまり実務の答えは「製品の総入れ替え」ではない。自組織のアクセス経路を棚卸しして把握し、リスクの高い経路から優先的に手を打ち、技術で解決できない部分は運用で統制することである。さらに言えば、VPNが侵入経路となった事故の多くで実際に効いてくるのは、VPNという技術の存在そのものではなく、パッチ未適用の機器や多要素認証の不在、棚卸しされていないアカウント、つまり基本対策の穴である。

「VPNは危険だ」という脅威の語りは、この現実をすべて覆い隠し、「どの製品に乗り換えるか」という問いだけを残してしまうことになる。

注意: 断っておきたいこと

誤解のないように、これは現場のセキュリティ担当者への批判ではない。脅威ごとの足し算を続けさせてきたのは、脅威の深刻さでしか動かない予算プロセスであり、恐怖を喚起することが最も効率的な営業手段になっているセキュリティ市場の構造であり、さらに遡れば「情報セキュリティとはCIAを維持すること」という定義の構造である。この定義が歴史的にどう成立したかはともかく、CIAは結果として、攻撃者が情報に対してできること(見る・変える・使えなくする)に対応している。そのため、この定義のもとでは、関心が自然と「侵害が有るか無いか」に向かいやすい(この対応関係と、CIAを目的ではなく評価軸として捉え直す考察は、以前のブログ「ゼロトラストとCIA(前編)」「同(後編)」を参照)。

現場は、この構造の中で最善を尽くしてきた。問題は人ではなく、語りの構造にある。だからこそ、語りの構造を変えることに意味があると考える。

第2章. 捉え直し:セキュリティとは「コントロール可能にすること」

では、脅威の代わりに何を主語に置くべきか。

以前のブログ「ゼロトラストとCIA(後編)」は、情報セキュリティの目的を「コントロール可能にすること」、すなわち何が起きても、把握し・対処し・戻れる状態を保ち続けることと再定義することを提案した。CIAは目的ではなく、その状態を評価するための軸である。

この捉え直しの実践的な意味は、問いが変わることにある。「この脅威をどう防ぐか」ではなく、「何が起きても、我々は把握し、対処し、戻れるか」である。前者の答えは脅威ごとに積み上がる個別対策となるが、後者の答えは脅威を横断して効く組織の能力となる。資産を把握しているか。侵害の影響を限定できる設計になっているか。何日で事業を戻せるかを自分たちで決められているか。何が起きたかを後から説明できるか。これらは特定の脅威のための対策ではなく、どんな脅威に対しても効く土台であり、その大半は技術製品ではなく組織の営みである。脅威は無限に増えるが、保つべき能力は有限である。足し算が無限に続く世界から、有限の土台を育てる世界への転換と言うこともできる。

実例:Mythosレディの正しい読み方

この捉え直しが机上の空論でないことを示すのが、いま最も「脅威論」を煽りやすい題材、すなわちAIによる攻撃能力の問題であると考える。

2026年4月のClaude Mythos Previewの登場は、AIが脆弱性発見からexploit生成までを機械速度で実行しうることを示し、大きな衝撃を与えた。恐怖で語ろうと思えば、いくらでも語れる題材である。そして脅威論で受け取った組織は、「Mythosにどう対抗するか」「Mythos対策製品はどれか」という問いを立てるであろう。

しかし、「AI脆弱性の嵐」を解説したブログ「Mythosレディとは何か」は、まさにこの読み方を明確に退けている。Mythosレディとは「すごいハッキングツールに対抗する体制」のことではない。すなわち、脅威論として捉えるべきではない、と言っている。実際、各社モデルの能力は急速に収束しており、「Mythosだけを管理すればよい」という特定脅威への対応は、すでに現実から離れつつある。特定の脅威に紐づけた対策は、脅威が一般化した瞬間に意味を失う。脅威を主語にしたアプローチの賞味期限は、それほど短いと考えられる。

注目すべきは、この最先端の脅威に対して同文書が示した処方箋である。それは新しいAI防御製品の導入ではなく、まず取り組むべきは、資産管理、ネットワークセグメンテーション、パッチ管理の継続化、IAM、多層防御の再設計という基本対策の強化であり、その目的は「コントロール可能な状態の実現」である。高度な攻撃への対策より、基本の穴を塞ぐことが先決である。攻撃者は最も弱い点を狙う。

ただし、ここで言う基本対策は「一度整備すれば終わり」のものではない。ブログ「Mythosレディとは何か」の続編-2「VulnOpsとCTEM:継続的脆弱性管理の具体的な実装」が示すように、脆弱性の発見から武器化までの猶予が数時間レベルに縮むと言われている環境では、「スキャンしてパッチを当て、次のスキャンを待つ」という定期イベント型の運用は、その前提から崩れてしまう。だからこそこのブログでは、脆弱性の発見・優先順位付け・修復を常時回し続けるVulnOpsとCTEM、すなわち基本対策の継続的な運用化をMythosレディの中核に据えている。

機械速度のAI攻撃という、史上最も恐ろしげな脅威ですら、行き着く答えは新奇な対抗製品ではない。基本対策を、環境の変化速度に合わせて回し続け、コントロール可能な状態を「保ち続ける」ことなのである。

第3章. 基本対策は「地味な義務」ではなく「コントロール能力の部品」である

脅威を主語にした世界では、基本対策は分が悪い。脅威は常に「新しいもの」として報じられるが、資産管理もパッチ適用もバックアップも何十年も変わらず、ニュース性がなく、ベンダーが売り込む目玉にもならない。結果、最新製品が積み上がる横で、足元の基本が穴だらけになる。そして実際のインシデントの多くは、高度な攻撃ではなく、その基本の穴から起きている。

しかし「コントロール可能にすること」を目的に置くことで、基本対策の位置づけが一変する。基本対策とは、組織のコントロール能力を構成する部品そのものである。

  • 資産管理・ログ収集は「把握する」能力の実体である。何を持っているか知らずにコントロールはできない
  • アクセス制御・最小権限・MFAは「対処する」能力の実体である。侵害が起きたとき、攻撃者が動ける範囲を最初から狭めておく営みである
  • バックアップと復旧訓練は「戻れる」能力の実体である
  • 監査ログの保全・記録は「説明できる」能力の実体である
  • パッチ適用と脆弱性管理の継続運用は「適応し続ける」能力の実体である。VulnOps/CTEMは、この能力を機械速度の環境に対応させた実装形態にほかならない

高度な製品は、この基本の上に載る追加部品にすぎない。たとえば、資産台帳のない組織にEDRを入れても、アラートが指す先が分からなければ対処できないということが起こりうる。

第4章. 実践:問いを入れ替える

実践の核心は、新しい施策の追加ではない。意思決定の起点に置く問いを、入れ替えることである。第1章で見たように、脅威の問いから組織的な答えに至るには問いの「翻訳」が必要であり、それは現状、個人の力量か偶然に任されている。ならば、翻訳を偶然に任せず、最初から翻訳後の問いを置くようにしたい。つまり、「この脅威をどう防ぐか」をやめ、「何が起きても、我々は把握し、対処し、戻れるか」と問うことである。これは、抽象論ではない。セキュリティ担当者が日常的に立てる問い(あるいは経営や他部門から投げかけられる問い)に、そのまま当てはめることができるものである。以下に、そのいくつかの例をあげる:

場面よくある問い新たに入れ替えた問い
重大な脆弱性が公表されたCVSSスコアが高い。対応すべきか。この脆弱性は自社のどこに存在するか、それにすぐに答えられるか。実際の悪用は始まっているか。塞ぐまでの間、悪用に気づく手段はあるか。
他社の大きな被害が報道されたうちの会社は同じ攻撃を防げるか。同じことがうちの会社で起きたら、何時間で気づき、何日で事業を戻せるか。
ベンダーから製品提案を受けたこの製品はどの脅威を防げるか。この製品は我々のどの能力を高めるか。それを活かす土台(資産管理など)は整っているか。
インシデントの振り返りなぜ防げなかったのか。誰のミスか。検知・対処・復旧のどこで時間を失ったか。次は、もっと早く気づき、早く戻れるか。
新システムの導入審査セキュリティ要件のチェックリストを満たしているか。このシステムで事故が起きたとき、気づけるか(ログ)、影響を限定できるか(権限)、戻せるか(バックアップ)。
経営への報告・予算要求今月の脅威動向はこの通り。この脅威への対策費がほしい。検知から対処までの時間は縮んだか。元の状態に戻すのに、いくら投資するか。
従業員への注意喚起怪しいメールを開かせないために、どう注意喚起するか。異変に気づいた従業員が、責められずに、すぐ報告できるようになっているか。

以上のように、入れ替えの規則は単純である。よくある問いの主語は「脅威」や「製品」であるが、入れ替えた問いの主語はすべて「我々」であり、問うている中身は、第3章で挙げた能力——把握する、対処する、戻れる、説明できる、適応し続ける——のいずれかである。会議において問いが脅威や製品を主語にし始めたと気づいたら、「それは、我々のどの能力の話か」と置き直すことが重要である。それだけで、議論は製品の比較から、自組織の足りない土台の話に戻ってくると考えられる。

この問いの入れ替えは、特に経営との対話で効いてくると考えられる。脅威ベースの予算要求では、経営は投資の効果を確かめようがない。それは、攻撃が起きなかった場合、それが投資のおかげなのか、単に運が良かっただけなのかを、区別できないからである。効果が測れない以上、出すか出さないかの判断のよりどころは「どれだけ怖いか」しかなくなってしまう。したがって、恐怖が薄れれば予算は削られ、「昨年対策したのに、なぜ今年もまた要るのか」という問いに答えられなくなる。

これに対し、能力を問う形の予算要求では、投資の前後で数値化が可能になる。検知から対処までの時間がどれだけ縮んだか。復旧訓練で目標時間内に事業を戻せたか。資産の把握率がどれだけ上がったか。効果が測れれば、経営は他の事業投資と同じ物差しでセキュリティを評価し、判断できる。また、能力は放置すれば劣化するものだから、継続的に投資が必要な理由も自然に説明がつく。基本対策の地味な工数に予算と権限がつかないことに悩んでいる現場にとって、これは武器になるはずである。

なお、基本対策が進まない理由の多くは、現場の問題ではなく組織的な障壁である。パッチを当てたくても、古い基幹システムは業務への影響が大きくて止められず、停止する日程について関係部門の合意が取れない。資産の管理責任者が誰なのか分からない。業務部門の協力が得られない。これらは技術では解決できず、経営層の関与によってしか解決できない。NIST CSF 2.0がGovern機能を独立した柱に据えたのは、この認識の表れであると考える。だからこそ、経営に通じる問いへの入れ替えは、現場の自助努力の話ではなく、構造を動かすための要件なのである。

おわりに:脅威とは、天気予報のように付き合えばよい

最後に、誤解のないように以下の2つの点を補足しておきたい。

第一に、本ブログは「脅威を無視してよい」と言っているのではない。台風が近づいていると知れば、私たちは怖がって騒ぐのではなく、雨戸を閉め、ベランダの物を固定し、停電に備える。台風の情報は、人を怖がらせるためのものではなく、備えるためのものである。脅威の情報も同じように扱うべきであると考える。実際、現場では既にそうしている。脅威インテリジェンスを検知に活かすことや、実際に悪用されている脆弱性(KEV)から優先的にパッチを当てる判断は、まさに「備えるための情報利用」であり、「把握する」能力の一部である。本ブログが見直したいとしているのは、人を怖がらせて動かすための脅威の使い方であって、こうした実務まで否定するものではない。

第二に、「コントロール可能にすること」は、新しいバズワードでも、新しい製品カテゴリでもない。NIST CSF、Assume Breach(侵害を前提とする)、レジリエンスといった、現場がすでに知っている考え方を、一つの目的としてまとめ直したものである。この捉え直しのために、新しく製品を買うというようなものではない。

現場のセキュリティ担当者であれば、本ブログの内容の多くは、すでに肌で感じていることだと思う。防御製品を並べても侵害は起き、勝負を分けるのは把握と復旧であることを、インシデントを経験した人ほど知っている。足りていなかったのは知識ではなく、それを組織に通すための問いの立て方だったのではないだろうか。「この脅威をどう防ぐか」ではなく、「何が起きても、把握し、対処し、戻れるか」。この問いから始めることが重要と考える。

以上

社内セキュリティ教育のリアルと、これからの変え方

第6回SaaSセキュリティリーグ会議

「SaaSセキュリティリーグ」は、SaaSユーザー企業の実務者同士で情報交換を行う取り組みである。SaaS管理者やセキュリティ担当者を横串でつなぎ、知見交換を行うことで、セキュリティレベル向上に貢献していくことを目的としている。ここでは、「SaaSセキュリティリーグ」が行った第6回会議の内容をまとめて公開する。

問題点の概要

サイバー攻撃の巧妙化・多様化が急速に進む中、企業のセキュリティ対策において「人」の要素がかつてなく重要になっている。

ディスカッション内容

各社が実際にやっていること

実施中の施策を共有したところ、以下のように各社の「リアルな現場感」が浮き彫りになった。

  • グループ会社からEラーニングと迷惑メール訓練が降ってきて、それを実施している。
  • 新入社員研修に2時間ほどのセキュリティ講義を盛り込んでいる。基本的な教育として、社用のPCの使い方とか、勝手にクラウド/AIのサービスを使わない、迷惑メール訓練等を行っている。
  • 月1回でセキュリティ啓蒙資料を公開し、週次でコンテンツを提供している。
  • セキュリティ・ワークショップを希望者向けに企画中である。タッチポイントを増やすことを意識している。
  • 年1回のEラーニングとフィッシングメール訓練に加え、情報セキュリティポータルから時事ネタを発信している。社内インシデントの再発防止策を3か月に一度、事案ベースで共有している。
  • グローバル企業であるので多言語対応が必須である。また、経営層向けのサイバーセキュリティ教育を外部機関と組んで実施し、部門長レベルにも個別に教育を展開している。
  • セキュリティだけでなく、世の中で起こっている問題の研修を行っている。

「本当に身についている」か、正直なところ

  • フィッシング訓練を繰り返しても、クリックしてしまう人は一定数存在する。抜けてしまうスパム等については問い合わせが増えているが、ウイルス検知については問い合わせが来ていなくて、うまく駆除できていない可能性がある。問題は、「報告する=恥ずかしい」という空気が漂い、報告が滞ることである。
  • メールテストの内容:差出人とURLのチェック、内容確認として緊急を煽るものを入れている。教育として見逃せないことは、Eラーニングでどのようなトピックを挟むかである。

従業員の「気づく力」と「報告する文化」が重要

  • クリックした社員を非難する文化があると報告文化が育たない。目指すべきは「完璧な社員」ではなく、「気づいたら躊躇なく報告できる組織」である。
  • 「空振りはかまわないよ!」を周知する。疑わしきは報告する文化の形成が重要である。
  • Slackに報告用ワークフローを設けた企業では「わりと効果が出ている」という声がある。報告のハードルを下げる設計が、報告文化の醸成につながっている。

ルールを守らせるのか、リスクを理解させるのか

この問いに対して、参加者の意見はわかれた。 「ルールは出すが、背景を伝えることで理解につなげている。なぜそのサービスを使ってはいけないのか、セキュリティ的な理由を説明する」——という声がある一方で、「現場は余裕がないので教育時間を増やせない。基本を教えることがルールになるのかもしれない」という意見がある。

理解させたいのは山々だが、現場に余裕がない。基本を教えることがそのままルールになってしまうというのが現実のようである。したがって、重要なのは、ルールの背景にある「なぜ」を伝えることで、完全な理解は難しくても「疑わしきは報告」という行動原則を染み込ませることはできるのではないかと考える。

変えていくための4つのアプローチ

  1. 継続的なタッチポイント
    年一回の研修だけでなく、週次・月次の小さな接触の積み重ねが必要である。ワークショップ、ニュースレター、Slack等を組み合わせるのが望ましい。
  2. セキュリティチャンピオン
    万人向けの深い教育は難しい。まず各部門に「わかっている人」を育て、周囲を巻き込む構造を作る。
  3. 経営層・部門長の巻き込み
    セキュリティを現場だけの問題にしない。経営課題として位置づけ、部門長が旗を振ることで優先度が上がる。
  4. 効果測定と改善サイクル
    KnownBE4のような動画による教育も有効である。ツールを使うことで集計・測定が可能になるのが良い。「感覚」ではなくデータで効果を見える化し、改善につなげる。

どのアプローチも共通するのは「地道に続けること」である。セキュリティ教育に即効薬はない。以下のような日々の小さな改革の積み重ねが、組織のリテラシーを底上げする。

  • 報告のハードルを下げる——Slackワークフロー、専用フォームなど「気軽に言える場」を作る
  • 「空振りはかまわない」を明言する——報告した社員を絶対に責めない文化を経営層が宣言する
  • インシデント事例を定期共有する——他社・自社の事例を定期的に共有し、「対岸の火事」にしない
  • 効果を測定する——クリック率・報告率・アンケート結果を追い、改善サイクルを回す

おわりに

セキュリティ教育の難しさは、「やった」と「身についた」の間にある大きな溝である。年一回のEラーニングを全社員が受けても、翌日にフィッシングメールをクリックする人は出てくる。

大切なのは「完璧な社員を育てること」ではなく、「何か起きたとき、すぐ報告できる組織を作ること」である。そのための文化づくりは、ルール設計よりずっと時間がかかる。しかし、地道に続けることでしか変わらない。

以上

Mythosレディとは何か(続編-2) ~ VulnOpsとCTEM:継続的脆弱性管理の具体的な実装

2026年6月5日
AIWGメンバー 諸角昌宏

本ブログは、CSAジャパンとしての正式な見解ではなく、あくまで筆者の個人的な意見としてまとめたものである。しかしながら、この問題はクラウドセキュリティに関わる人に幅広く関係することとして、このCSAジャパン・ブログに掲載させていただく。皆さんの屈託のないご意見をいただければ幸いである。

はじめに:前回のおさらい

前回のブログ「Mythosレディとは何か(続編) ~ Mythosレディにゼロトラストが有効な理由」では、ゼロトラストがMythosクラスの能力を持つAIによる攻撃に対して有効な5つの代表的な理由を説明した。マイクロセグメンテーションによる横展開の阻止、最小権限による攻撃チェーンの分断、継続的検証による早期発見、egressフィルタリングとの相乗効果、フィッシング耐性MFAによる認証情報窃取の無効化である。そして、3層(第1層(基本対策)、第2層(ゼロトラスト)、第3層(VulnOps・CTEM))を順番に完成させるのではなく、同時に育てることがMythosレディへの現実的な道筋であることを示した。

今回のブログはその第3層、「VulnOpsとCTEM」の具体的な実装について検討する。ゼロトラストが「攻撃者の難易度を上げる」戦略だとすれば、VulnOpsとCTEMは「攻撃者に悪用される前に脆弱性を発見し、修復する」戦略となる。これがMythosレディの中核をなすと考えている。「MythosクラスのAIが脆弱性発見から武器化までの時間をさらに圧縮し、組織が利用できる修復猶予を数日から数時間レベルへ縮小させる可能性がある時代に、従来の脆弱性管理はなぜ機能しないのか。そして何に変わるべきか」について考えていく。

1.なぜ今、脆弱性管理が変わらなければならないのか

従来の脆弱性管理は、基本的に「スキャン→リスクベーストリアージ→パッチ適用→次のスキャンを待つ」というサイクルで運用されている。このサイクルは、根本的な前提として「攻撃者が脆弱性を発見・武器化するまでには時間がある」という前提に基づいている。

Mythos時代に崩壊した前提

AI脆弱性の嵐」が指摘するように、すでに開示から悪用までの時間は高影響度の脆弱性で数日単位に圧縮されており、数時間以内の武器化事例も報告されている。MythosクラスのAIはこの時間をさらに圧縮し、組織が利用できる修復猶予を数日から数時間レベルへ縮小させる可能性がある。従来のパッチサイクルが「数週間から数カ月」である組織では、このギャップが致命的になる。

加えてCVE件数の爆発的増加が追い打ちをかける。CSAの「VulnOps: Vulnerability Management in the Age of AI」(2026年5月)によると、CVE件数は2020年比で約3倍に増加しており2026年も増加が続いている。さらにNISTのNVDは2026年4月15日、リスクベーストリアージポリシーを発表し、CISAのKEVカタログ掲載のCVEや連邦政府使用ソフトウェアなどに限定してフル分析を提供するようになった(CSA Labsの解説記事)。多くのCVEはCVSSスコアやCPE識別子なしで届くことになり、既存の脆弱性管理ツールが依存してきたパブリックインフラが構造的に変化したと言える。

以上のような状況を踏まえ、従来の脆弱性管理が機能しない理由として以下の3点が考えられる:

  1. スキャンは「瞬間のスナップショット」であり、次のスキャンまでに生まれた脆弱性は見えない。
  2. リスクベーストリアージの基本はCVSS、EPSS、資産価値、攻撃経路、ビジネス影響度を組み合わせてリスクを評価することであるが、CVSSスコアだけで判断している組織が多い。
  3. パッチ適用は人間の作業速度に縛られており、発見から修復までの時間的ギャップ(Exposure Window)が、攻撃者が脆弱性を悪用できる機会を生んでいる。

加えて、CVEの公開件数は年々増加しており、すべてに対応することはリソースの面で不可能に近い。「何を先に直すか」という優先順位付けの精度が、生存を左右する時代になってきていると言える。

「管理する」から「継続的に運営する(Ops化)」へ

この状況への1つの答えが「VulnOps(Vulnerability Operations)」という考え方である。脆弱性対応をプロジェクトではなくオペレーションとして継続的に回していく。発見・トリアージ・優先順位付け・修復・検証・監視というループである。

2.VulnOpsとは何か

VulnOpsとはセキュリティオペレーション(SecOps)の文脈で、脆弱性管理を継続的なオペレーションとして組み込む概念である。「脆弱性スキャンを年2回実施する」とかではなく「脆弱性の発見から修復までのループを常時回す」ことを組織の能力として確立する。

VulnOps(Vulnerability Operations)という用語は、2025年9月にHeather Adkins(Google CISO)とGadi Evronが警告を発し、同年10月にBruce Schneierも加わって「Vulnerability Operations(VulnOps)」という概念を提唱した。その後「AI脆弱性の嵐」でVulnOpsを「恒久的な組織能力」として位置づけ、CSA Labsが2026年5月に「VulnOps: Vulnerability Management in the Age of AI」として定義している。

VulnOpsのループ

VulnOpsは以下のループで構成される。このループは継続的に行われる。

ステップフェーズ内容ゼロトラスト、AIエージェントとの接続
発見継続的スキャン、SBOM、外部インテリジェンスによる脆弱性の検出など。「いつスキャンしたか」ではなく「常に見えている状態」を目指す。ゼロトラストのプロテクトサーフェスと連動。DAASで定義する資産が対象。
トリアージリスクベーストリアージの基本はCVSS,
EPSS,資産価値,攻撃経路,ビジネス影響度を組み合わせてリスクを評価する。
プロテクトサーフェスが「どの資産の脆弱性を優先するか」を決める。
優先順位付け「攻撃者が実際に悪用できるか」という観点で修復順を決める意思決定プロセス。CTEM(後述)のValidationフェーズと連動。実際の経路を検証する。
修復・軽減パッチ適用を最優先とする。パッチがない場合は回避策(ゼロトラストポリシーの一時強化、セグメンテーション追加など)で影響を軽減する。ゼロトラストポリシーへの即時反映。
検証・監視修復が有効であることを確認し、継続的に監視する。修復後も同一クラスの脆弱性が再発していないかを追跡する。第3層で発見した情報が第1層(パッチ)と第2層(ZTポリシー)に戻る。

ゼロトラストとの連動

VulnOpsとゼロトラストは独立した取り組みではない。ゼロトラストのプロテクトサーフェスがVulnOpsの対象を決め、VulnOpsで発見された脆弱性がゼロトラストのポリシー更新を促していく。この双方向の循環が3層(第1層(基本対策)、第2層(ゼロトラスト)、第3層(VulnOps・CTEM))を「同時に育てる」ことになる。

3.CTEMとは何か、VulnOpsとどう違うのか

CTEM(Continuous Threat Exposure Management)はGartnerが2022年に提唱した概念であり、製品ではなく、企業のデジタル・物理資産の「アクセス可能性・露出度・悪用可能性」を継続的かつ一貫して評価するためのサイバーセキュリティプロセスと能力の集合体である。(出典:Gartner、2022年。https://www.zafran.io/ctem、Gartner原典の直接URLは有料レポートのため、こちらはGartnerの定義を解説したサイト)。つまり、「脆弱性の管理」から「脅威への露出度の継続的管理」へとスコープを拡張したものと理解できる。

ゼロトラストとCTEMの役割分担

CTEMを理解するうえで、まずゼロトラストとの概念的な違いを整理しておく必要がある。ゼロトラストでは、まずDAASの観点からプロテクトサーフェスを定義する。次にトランザクションフローを可視化することで、プロテクトサーフェスに到達可能な経路を明らかにする。これにより、プロテクトサーフェスに対する実効的なアタックサーフェスや攻撃経路を特定できる。ゼロトラストはこれらの経路を厳密に制御・防御するコントロールを設計する。

CTEMはこれを補完する。ゼロトラストが設計した防御が実際に機能しているかを継続的に検証し、環境変化によって新たに生まれた攻撃経路を発見・修復し続ける。ゼロトラストが「プロテクトサーフェスへの攻撃経路を制御する構造を設計する」フレームワークだとすると、CTEMは「その構造が機能し続けているかを継続的に確かめる」フレームワークである。 したがって、両者は競合しない。ゼロトラストのプロテクトサーフェス定義がCTEMのScopingの優先順位を決め、CTEMのValidation(BAS)がゼロトラストのコントロールの有効性を検証し、CTEMが発見した新たな攻撃経路がゼロトラストのポリシー更新を促す。この循環が3層を同時に育てていくと言える。(出典:CSA「Seize the Zero Moment of Trust」2025.01 https://cloudsecurityalliance.org/blog/2025/01/31/seize-the-zero-moment-of-trust

VulnOpsとCTEMの違い

VulnOpsが「発見した脆弱性をどう処理するか」に焦点を当てているのに対し、CTEMは「攻撃者の視点で自組織の露出度を継続的に評価し、最も悪用されやすい経路から優先的に塞ぐ」という攻撃者視点のフレームワークとなっている。

  • VulnOpsの視点
    • 脆弱性スキャンで発見したCVEを処理
    • CVSSスコアで深刻度を判定
    • パッチ適用を中心とした修復
    • 自組織の資産リストが起点
  • CTEMが加える視点
    • 攻撃者が実際に悪用できる経路を特定する
    • 実際の攻撃可能性(EPSS・BAS結果)で優先順位を決める
    • パッチ以外の軽減策(ZT・セグメンテーション)も活用
    • 攻撃者から見たアタックサーフェスが起点

CTEMの5つのステップ

GartnerのCTEMフレームワークは5つのフェーズで構成される。Mythosレディの文脈で読み解くと以下のようになる。

ステップフェーズ内容ゼロトラスト・AIエージェントとの接続
Scoping(範囲定義)守るべき対象(アタックサーフェス)と露出(Exposure)の範囲を定義。ゼロトラストのプロテクトサーフェスの定義と直接対応。DAASの4カテゴリで整理。ゼロトラストのNSTACステップ①と完全に一致する起点。
Discovery(発見)定義した範囲の中で、既知・未知の脆弱性・設定ミス・露出面を継続的に発見する。SBOMやASM(Attack Surface Management)ツールを活用。AIエージェントのMCPサーバー・APIも新カテゴリとして追加。
Prioritization(優先順位付け)発見した問題の中から「攻撃者が実際に悪用できるか」を軸に優先順位を決める。リスクベーストリアージの複数要素(CVSS・EPSS・資産価値・攻撃経路・ビジネス影響度)を組み合わせて評価し、CVSSはその一要素として使う。Mythosクラスの攻撃が狙う「認証情報・高価値DB・内部API」を優先。
Validation(検証)Breach & Attack Simulation(BAS)やペネトレーションテスト等で「実際に攻撃が通るか」を検証する。スコアではなく実証で優先度を確認する。ZTポリシーのセグメンテーションが有効に機能しているかの検証にもなる。
Mobilization(実行・定着)修復・軽減策の実行を組織として定着させる。担当チーム・タイムライン・KPIを定義しサイクルで回す。VulnOpsループに統合する。

4.VulnOps×CTEMの実装フレームワーク

VulnOpsのループとCTEMの5ステップを統合した実装フレームワークを以下に示す。理論ではなく「すぐに始められる」具体的なステップとして構成した。

ステップ① プロテクトサーフェスとアタックサーフェスの棚卸し(Scoping+Discovery起点)

まず「守るべきもの」と「攻撃者から見える面」を一致させる。ゼロトラストで定義したDAASをCTEMのScopingに直結させる。これにより「VulnOpsが何を守るか」と「ZTが何を制御するか」が同じ土俵で管理できる。

AIエージェントが使うMCPサーバー・APIも、今後この棚卸しの対象として加える必要がある。Agentic Supply Chainのリスクは、エージェントが接続する外部サービスから侵入するパターンが増えている。

ステップ② リスクベースのトリアージ(CVSSを超える優先順位付け)

発見した脆弱性をリスクベーストリアージで評価する。CVSSは脆弱性の技術的特性を標準化した指標であり、リスク評価の一要素に過ぎない。CVSS、EPSS、資産価値、攻撃経路、ビジネス影響度を組み合わせて「本当に悪用可能か」を評価することが基本である。

ここで、EPSSについて説明すると、EPSS(Exploit Prediction Scoring System)は、特定のCVEが今後30日以内にどこかで悪用される可能性を0〜1のスコアで予測する指標である。CVSSが「脆弱性の技術的特性」を示すのに対し、EPSSは「実際に攻撃に使われる可能性の予測」を示している。CVSSが高くてもEPSSが低ければ修復の緊急度は相対的に下がる。Mythosクラスの攻撃AIは実際に悪用可能な脆弱性を優先的に標的にするため、EPSSによるフィルタリングは特に重要である。

ステップ③ Breach & Attack Simulation(BAS)による実証検証

CTEMのValidationフェーズに対応する。スコアではなく「実際に攻撃が通るか」を自動化されたシミュレーションで確認する。BAS(Breach and Attack Simulation)は実際の攻撃者の戦術・技術・手順(TTP)を安全な環境でエミュレートし、セキュリティコントロールが実際に機能しているかを継続的・自動的に検証するツールだ。ファイアウォール・EDR・SIEMが期待通りに動作しているか、ゼロトラストのセグメンテーションが横展開を実際に阻止できるかを実証する。ペネトレーションテストを補完するが完全に置き換えるものではない。 ペネトレーションテストとの違いは「継続性」である。ペネトレーションテストは年1〜2回の点検であるのに対し、BASは環境変化のたびに再実行できる。MythosクラスのAIが修復猶予を数時間レベルに縮小させる可能性がある時代に、年1回の点検では間に合わない。

ステップ④ 修復とZTポリシーの連動更新

脆弱性を発見・検証した場合、パッチ適用を最優先に行う。パッチがない場合・適用までに時間がかかる場合は、ゼロトラストのポリシーを一時的に強化することで影響を軽減する。以下のような対応が考えられる:

  • 発見された脆弱性のあるシステムへのアクセスを一時的にゼロトラストポリシーで制限する
  • 当該システムのセグメンテーションを強化し、横展開の経路を塞ぐ
  • パッチ適用後にポリシーを通常状態に戻し、BASで検証する

ステップ⑤ AIエージェントによる自動化とHuman-in-the-Loop

VulnOpsの各ステップにAIエージェントを組み込むことで、人間が追いかけられない速度のCVE増加に対応できる。ただしAIエージェントを「信頼されたオペレータ」として無制限に動かすことは、エージェント自体が攻撃の踏み台になるリスクを生む可能性がある。パッチ適用やポリシー変更を自律的に実行する権限を持つエージェントが侵害されれば、攻撃者はそのエージェントを通じて組織全体に影響を及ぼすことができる。CSAIのAgentic Control Planeが定義する5要素、すなわちエージェントのID管理(Identity)・何を許可するかの定義(Authorization)・複数エージェント間の調整(Orchestration)・実行時の行動監視(Runtime Behavior)・継続的な信頼検証(Trust Assurance)を、VulnOpsの自動化設計に組み込む必要がある。

AIエージェントをVulnOpsに組み込む際には以下の3点を考慮する:

  1. エージェントにもIDと最小権限を付与する(Identity・Authorization)。
  2. エージェントが実行する修復アクション(パッチ適用・ポリシー変更)は人間の承認ゲートを通す(Human-in-the-Loop)。
  3. エージェントの行動を継続的に監視し、異常な操作を検知する(Runtime Behavior)。VulnOpsを自動化することと、AIエージェントを無制限に動かすことは別の話である。

5.3層が育つ循環

ここまでの実装フレームワークを3層の循環として整理する。まず3層を簡単に復習しておく。

  1. 【第1層:基本的なセキュリティ対策】資産管理・パッチ適用・ログ収集・バックアップ・インシデント対応手順。すべての土台となる。
  2. 【第2層:ゼロトラスト】「信頼しない・常に検証する」のアーキテクチャ。プロテクトサーフェスを定義し、マイクロセグメンテーションと継続的検証で攻撃者の難易度を上げる。
  3. 【第3層:VulnOps・CTEMとAIエージェント】攻撃者に悪用される前に脆弱性を発見・修復する継続的な運営体制。

3層は順番に完成させるものではなく同時に育てるものである。たとえば、VulnOpsとCTEMを第3層として動かすことで、第1層と第2層にどう還流するかの例を以下に示す。

  • 【第3層→第1層】VulnOpsで発見された脆弱性は第1層のパッチ適用に直結する。継続的スキャンが「今週直すべき脆弱性」を特定し、パッチ適用を優先順位付きで実行する。
  • 【第3層→第2層】VulnOpsで発見されたリスクの高い経路は、即座にゼロトラストのポリシーに反映される。パッチがない期間のリスクゼロトラストTが一時的に軽減する。
  • 【第2層→第3層】ゼロトラストのプロテクトサーフェス定義がVulnOpsの対象資産を決め、セグメンテーションの設計がCTEMのScoping範囲を決める。
  • 【第1層→第3層】資産管理が整備されているほど、VulnOpsのカバレッジが上がる。ログ基盤が整備されているほど、BASの検証精度が上がる。

重要なのは「3層のどれかが完成してから次に進む」のではなく、「各層が少しずつ成熟するたびに全体のリスクが下がっていく」ということである。VulnOpsの最初のスキャンが粗くても、ゼロトラストのプロテクトサーフェスが一つだけでも、始めることに意味があると考える。

6.「AI脆弱性の嵐、CISOが押さえるべき重要ポイント」とブログの対応

ここで、「Mythosレディとは何か」の3つのブログと、「AI脆弱性の嵐」において「CISOが押さえるべき重要ポイント」と説明されている8つのポイントとの対応を明確にしてみたい。

  1. LLMベースの脆弱性発見・修復能力を活用する
    Mythosレディとは何か ~ 機械速度の攻撃時代における組織生存の条件」(ここからは「第1回と表記」)で、AIエージェント資産の把握として部分的に言及。「Mythosレディとは何か(続編) ~ Mythosレディにゼロトラストが有効な理由」(ここからは「第2回」と表記)では未扱い。本ブログ(ここからは「第3回」と表記)のVulnOps/CTEMが主テーマとして詳述。
  2. リスク・メトリックスを更新する
    第1回でCVSSではなく実際の悪用可能性で判断する考え方を言及。第3回でEPSS・リスクベーストリアージとして言及。
  3. コーディングエージェントの活用でチームを加速させる
    第3回でAIエージェントのVulnOps組み込みとして部分的に言及。
  4. より多くのインシデントへの対応を準備する
    第1回でセグメンテーション・egress等を言及。第2回でZTA・フィッシング耐性MFA・egress・セグメンテーションを詳述。第3回でゼロトラストポリシーとの連動として言及。
  5. 基本の強化に注力する
    第1回で基本強化の5領域(資産管理・セグメンテーション・パッチ管理・IAM・多層防御)として詳述。第2回で第1層として言及。第3回で第1層への還流として言及。
  6. 機械並みのスピードで迫る脅威には、人手だけでは太刀打ちできない。優先順位を見直し、業務を自動化し、バーンアウトに備える
    第1回・第2回・第3回すべてで未扱い。下記で補足。
  7. Mythosレディなセキュリティプログラムへ進化する
    第1回でMythosレディの定義・構造的リスクとして詳述。
  8. 今すぐ業界横断的な共同防御(Collective Defense)を構築する
    第1回・第2回・第3回では未扱い。集団防衛は下記で補足。

3つのブログでカバーできていない2つのポイントについて、以下に補足する。

バーンアウト対策

Mythos時代における脆弱性の爆発的増加は、セキュリティチームの作業量を構造的に増大させる。パッチ対応、インシデント対応、VulnOpsの継続運営が同時に求められる中で、既存の人員体制では限界が来る。本ブログで説明してきたAIエージェントによる自動化は、この問題への現実的な答えの一つである。ただし自動化整備には時間がかかる。その移行期間中、人間のチームが過負荷に陥らないための予備キャパシティと、チームのメンタルヘルスへの配慮が経営課題として浮上する。CISOはセキュリティの技術的課題と同時に、チームの持続可能性を考える必要がある。

業界横断的な共同防御

VulnOpsとCTEMは一組織内で閉じた取り組みとして機能するが、Mythosクラスの攻撃は産業横断的に同時多発する可能性がある。一組織が発見した脆弱性情報、攻撃パターン、修復知見を業界全体で共有することが、集団としての防御力を高めていく。JPCERT/CCや各業界のISACがこの役割を担っている。自組織のVulnOpsで得た知見をこれらの機関に積極的に共有し、逆に業界の脅威インテリジェンスをVulnOpsのトリアージに取り込むことが、Mythosレディを社会的に強化する道筋となる。

まとめ

VulnOpsとCTEMは「導入完了」という状態が存在しない。継続的に回し続けることが目的であり、回し始めることが成果である。「守るべき資産を一つ特定し、スキャンし、優先度をつけ、修復し、検証する」というような小さなサイクルを組織の習慣として定着させることがMythosレディへの道筋と考える。

これで、「Mythosレディとは何か」のブログシリーズ(3回連載)を終了する。次のブログでは、CSAがRSAC 2026で発表したCSAI Foundationが2026年のミッションとして掲げている「Securing the Agentic Control Plane」について考察する予定である。AIのリスクはLLMモデル自体の安全性にとどまらず、エージェントがシステムに接続し、ツールを実行し、他のエージェントと連携する複雑なエコシステム全体——identity・authorization・orchestration・runtime behavior・trust assurance——へと拡大している。CSAIはこの領域を6つの戦略プログラム(AI Risk Observatory・Agentic Best Practices・Education & Credentialing・CxOtrust・Global Assurance・Future Forward)で包括的に取り組んでいる。次回はこの枠組みについて考えてみたい。(出典:https://csai.foundation/csai-mission

以上

Mythosレディとは何か(続編) ~ Mythosレディにゼロトラストが有効な理由

2026年6月3日
AIWGメンバー 諸角昌宏

本ブログは、CSAジャパンとしての正式な見解ではなく、あくまで筆者の個人的な意見としてまとめたものである。しかしながら、この問題はクラウドセキュリティに関わる人に幅広く関係することとして、このCSAジャパン・ブログに掲載させていただく。皆さんの屈託のないご意見をいただければ幸いである。

はじめに:前回のおさらいと本ブログの位置づけ

前回のブログ「Mythosレディとは何か ~ 機械速度の攻撃時代における組織生存の条件」では、機械速度の攻撃が常態化した世界において組織が生存できる状態を維持することの重要性について説明した。Mythosは「すごいハッキングツール」への対抗問題ではなく、AIが攻撃サイクル全体を自律実行できる時代における構造的リスクであることを認識することが重要である。

本ブログではその続編として「なぜゼロトラストがMythosレディに有効なのか」について考察する。ゼロトラストは2010年代から語られてきた概念だが、Mythosの登場によってその意義が根本的に変わってきたと言える。つまり、「機械速度の攻撃環境で生き残るためにゼロトラストが有効である」ということである。本ブログでは、従来型セキュリティはなぜMythos時代に機能しなくなるのか。そして「信頼しない・常に検証する」というゼロトラストの原則がなぜ機械速度の攻撃に対して構造的に有効なのかを考えてみる。 

1.なぜゼロトラストがMythosレディに有効なのか

ゼロトラストとは「Never Trust, Always Verify(何も信頼せず、常に検証する)」という設計思想であり、製品でも特定技術でもない。その必要性はMythos以前から指摘されてきたが、Mythosが変えたのは「ゼロトラスト未導入組織が直面するリスクの速度・規模・緊急性」である。Mythosが加えたのは「ゼロトラストを導入していない組織のリスクが機械速度で顕在化する」という緊急性である。Mythosはゼロトラストを「いつかやるべきもの」から「今すぐでないと間に合わないもの」に変えたと言える。

以下、代表的な5つの理由でゼロトラストの各要素がMythos時代に持つ意義を考える。

①横展開(lateral movement)を構造的に阻止する

AIによる自律的な攻撃の実例が示すように、Mythosクラスの能力を持つAIによる攻撃は一点の侵入後に社内を自律的に横展開する。従来の境界防御では、境界を突破した攻撃者は社内を自由に動き回れることになる。

ゼロトラストはマイクロセグメンテーションによって、攻撃チェーンの各ステップで認証・認可が必要になるため、AIが自律的に横展開しようとするたびに阻まれることになる。

②最小権限が攻撃チェーンを分断する

AI脆弱性の嵐」の「CISOが押さえるべき重要ポイント」において、「セグメンテーション、egressフィルタリング、ゼロトラスト・アーキテクチャ、フィッシング耐性のある多要素認証、シークレットのローテーションといった緩和コントロールを検証・有効化しエクスプロイトが発生した場合の影響を最小化する」と明示している。最小権限はこの「影響を最小化」を実現する最も直接的な手段である。以下、その理由についていくつか挙げる。

  • エージェント、ユーザー、サービスアカウントすべてに最小権限を適用する
  • Just-in-Time(JIT)アクセス: 必要な時だけ、必要な期間だけ権限を付与する
  • 過剰権限の定期棚卸し: 誰も使っていない権限を排除する
  • AIエージェント自体にも最小権限を適用する(次世代の課題:AIエージェントが組織全体に普及するにつれ、エージェント自体に付与する権限の管理がAgentic Control Planeの核心課題となると考える)

③継続的検証が「見えていない攻撃」を早期発見する

「AI脆弱性の嵐」のリスクレジスターはリスク#4として「AIが複雑な攻撃を構築するために必要な洗練度と時間が短縮されており、防御側の検知・対応能力はまだこれに追いついていない」と指摘している。また優先アクションPA9・PA10では行動監視・デセプション技術・自動化された対応能力の整備を求めている。

ゼロトラストの「継続的検証」は、ユーザーが一度認証すれば後は信頼されるというのではなく、行動・デバイス状態・アクセスパターンを常時監視・評価し続けることを求めている。これにより以下のようなことが可能になる可能性がある:

  • 認証情報が盗まれても、「いつもと違う行動」を検知できる
  • AIが自律的に異常な頻度でアクセスすれば、行動異常として検出される
  • AIが自律的に生み出す「人間の操作では考えられない速度・頻度のリクエストパターン」が早期に検知できる

④egressフィルタリングとの相乗効果

「AI脆弱性の嵐」の優先アクションPA8は「egressフィルタリングを実装すること(log4jの公開エクスプロイトをすべてブロックした実績がある)」と明示している。

多くの組織ではファイアウォールのinbound制御に注力する一方、outbound(内→外)の通信はデフォルトで広く許可されていることが多い。egressフィルタリングはこのoutboundを厳格に制御する対策であり、ゼロトラストと組み合わせることで相乗効果を発揮する。それは、Mythosクラスの能力を持つAIが生成した攻撃コードがC2サーバーに通信しようとする際、egressフィルタリングがこれをブロックすることが可能になる。

⑤フィッシング耐性MFAで認証情報窃取を無効化する

「AI脆弱性の嵐」の「CISOが押さえるべき重要ポイント」において、緩和コントロールとして「フィッシング耐性MFA」を明示し、PA8では「すべての特権アカウントにフィッシング耐性MFAを義務化する」としている。従来のSMS認証などはリアルタイムフィッシングで突破される可能性があるが、FIDO2/パスキーはフィッシングページに誘導されても認証情報を盗めない設計になる。

ゼロトラストは「常に検証する」原則として強力な認証を求めている。「AI脆弱性の嵐」はその実装としてフィッシング耐性MFAを推奨しており、FIDO2/パスキーはその代表例となる。

2.ゼロトラストはMythosレディの「時間を稼ぐ」戦略である

ゼロトラストはすべての攻撃を防ぐ魔法ではない。しかし「時間を稼ぐ」という観点でMythosレディに本質的に有効であると考える。

以前のブログ「ゼロトラストとCIA(後編) ~ 情報セキュリティはコントロール可能にすること」で、情報セキュリティの目的は「コントロール可能にすること」とした。攻撃を100%防ぐことは不可能だが、影響を封じ込め、迅速に回復し、次の攻撃に備えられる状態を維持することを目的とすべきと考える。ゼロトラストはまさにこの「コントロール可能な状態」を実現するアーキテクチャである。

それでは、発見から武器化まで数時間のMythos時代において、ゼロトラストが「時間を稼ぐ」とはどういう意味となるのか。

この「時間を稼ぐ」ことの意味について以下のように考える:

  • 侵入から被害拡大までの時間を延ばす(マイクロセグメンテーションによる横展開阻止)
  • 被害範囲を小さく封じ込める(最小権限による爆発半径の制限)
  • 「見えていない攻撃」を早期に検知する(継続的検証による異常検出)
  • 人間が対応できる時間を確保する(機械速度の攻撃に対して「止める機会」を作る)

それでは、「時間を稼ぐ」ことがなぜ重要なのであろうか。Mythosレディは一夜にして完成するものではない。今すぐゼロトラストを導入することで、次の波・より高度な攻撃が来るまでの間に、VulnOpsやAgentic Control Planeの体制を整える時間を確保していくことを考えるべきと考える。

3.NSTACの5つのステップで実装するゼロトラスト

以下では、NSTACゼロトラスト・フレームワークに基づいて、この5ステップそれぞれがMythosクラスの能力を持つAIの攻撃チェーンのどの段階に対応するかを整理してみる。

ステップ本来の目的Mythostとしての意味
① プロテクトサーフェスの定義守るべき対象(DAAS)の特定と、そのプロテクトサーフェスの設定Mythosクラスの能力を持つAIによる攻撃が狙う認証情報、高価値DB、内部APIの棚卸し。
② トランザクションフローの把握データ・通信の流れを可視化AIエージェントがどのMCPサーバー、APIに接続しているかのマッピングに適用。
③ ゼロトラストアーキテクチャの設計プロテクトサーフェスにコントロールを配置マイクロセグメンテーション、最小権限、egressフィルタリングを組み合わせる。
④ ゼロトラストポリシーの策定5W1Hに基づいて、アクセスするかをポリシーに明記。人間向けのアクセスポリシーに対して、AIエージェントにも同じ枠組みが必要になる。エージェントID、許可するツールなどの要否を明記する。
⑤ 監視と維持テレメトリーの継続収集と改善フィードバック発見された脆弱性を即座にプロテクトサーフェスの定義とポリシーに反映する。「Long-term=1四半期」でサイクルを回す。

なお、5ステップは一度やれば完了するものではなく、プロテクトサーフェスを定義・実装するたびに①から繰り返す。この反復のたびに組織のゼロトラスト成熟度は少しずつ上がっていく。最初から完璧なゼロトラスト環境を目指すのではなく、「守るべき資産を特定し、そこにゼロトラストを適用し、監視する」という小さなサイクルを回し続けることが、現実的な道筋である。

4.おわりに:ゼロトラストは手段であり、目的はコントロール可能な状態

ゼロトラストがMythosレディへの「解答」ではないが、「機械速度の攻撃時代に組織が生存できる状態を維持する」ための最も重要な構造的基盤の一つであると考える。

ゼロトラストの前にある「基本的なセキュリティ対策」という土台

ここで重要な視点を加えたい。ゼロトラストは「基本的なセキュリティ対策」の上に成り立つものであって、代替するものではない。「AI脆弱性の嵐」が「基本に立ち返り、環境をさらに強化する」をCRITICALな優先アクションとしている理由がここにある。

そこで、以下の3層をMythosレディへの道として定義したい:

  1. 第1層:基本的なセキュリティ対策
    資産管理、パッチ適用、ログ収集、バックアップ、インシデント対応手順など。第2層・第3層を育てながら、並行して継続的に強化する土台。
  2. 第2層:ゼロトラスト
    プロテクトサーフェスを定義するたびに少しずつ育てる。完成を待たずに第3層と並行して進める。
  3. 第3層:VulnOps、Agentic Control Plane
    第2層の成熟を待たずに着手できる部分から始める。

これらの3層が互いの成熟を促し合うプロセスとなる。3層は相互に依存し、第1層のログ基盤が第2層の継続的検証を強化し、第2層のプロテクトサーフェスの定義が第3層のVulnOpsの優先順位を決めていくことになる。また、第3層で発見された脆弱性が第1層のパッチ適用と第2層のポリシー更新に反映される。この循環がMythosレディに導いていくと考えられる。

3層が揃って初めてMythosレディになる

上記の3層は順番に行っていくものではない。3層を順番に完成させようとすると、「ゼロトラストが完成してからVulnOpsを始める」とか「基本対策が完璧になったらゼロトラストを導入する」となるが、そうではない。3層を同時に育てること、つまり、小さなプロテクトサーフェスから始め、ゼロトラストとVulnOpsを並行して育てるというような、基本対策の改善とゼロトラスト導入を同時進行させることで、各層が少しずつ成熟するたびにリスクが下がっていくことになる。これにより、Mythosレディへ着実に近づいていくことができると考える。つまり、基本的なセキュリティ対策(資産管理、パッチ、ログ、バックアップ、インシデント対応など)という土台の上に、ゼロトラストというアーキテクチャを重ね、さらにVulnOps、Agentic Control Planeへと発展させるという3層の積み重ねが「Mythosレディ」を実現するための重要なステップであると考える。

次回のブログでは「VulnOpsとCTEM:継続的脆弱性管理の具体的な実装」を取り上げる予定である。ゼロトラストで攻撃者の難易度を上げながら、VulnOpsで脆弱性を先に発見・修復するという両輪が、Mythosレディの中核を形成するものと考える。

以上