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海外に学ぶSMBのクラウドセキュリティ基礎(OTセキュリティ編)(1)

海外に学ぶSMBのクラウドセキュリティ基礎(AIセキュリティ編)(1)(2)に引き続き、今回は、シンガポールサイバーセキュリティ庁のサイバーエッセンシャルズに基づいて開発されたOTセキュリティ固有のガイドを紹介していく。

シンガポール政府がSMBユーザー向けOTセキュリティガイドラインを提供

過去にSMBユーザーを対象とする「サイバーエッセンシャルズマーク: クラウドセキュリティコンパニオンガイド」および「サイバートラストマーク: クラウドセキュリティコンパニオンガイド」(2023年10月13日公表)(https://www.csa.gov.sg/our-programmes/support-for-enterprises/sg-cyber-safe-programme/cloud-security-for-organisations)を紹介したが、これらと並行して、シンガポールサイバーセキュリティ庁は、2024年8月20日に「制御技術(OT)サイバーセキュリティマスタープラン2024」を公表している(https://www.csa.gov.sg/resources/publications/singapore-s-operational-technology-cybersecurity-masterplan-2024)。

このマスタープランは、国家の重要インフラを支えるOTシステムのサイバーセキュリティ強化を目的とした戦略的計画で、2019年に初版が策定された。これは、産業用制御システムを運用する組織や、物理的制御機能を支えるOT技術を活用する組織のセキュリティとレジリエンスを強化するための継続的な取り組みである。2024年版マスタープランは、OTエコシステムの成熟度の進展と、地政学的・技術的変化に伴いOTシステムを標的とするサイバー脅威の性質が急速に変化している現状を反映している。

2024年版では、「人材」「プロセス」「技術」の各領域における以下のような内容が示されており、OTシステムや技術を運用する各分野のサイバーセキュリティ強化に向けた継続的な取り組みの一環として位置づけられている:

  1. OTサイバーセキュリティ人材パイプラインの強化
  2. 情報共有と報告体制の強化
  3. 重要インフラ(CII)を超えたOTサイバーセキュリティレジリエンスの向上
  4. OTサイバーセキュリティのCentre of Excellenceの設立と、OTシステムのライフサイクル全体にわたるSecure-by-Deploymentの推進

シンガポールのサイバーセキュリティコンパニオンガイドをOTセキュリティに拡大

その後2025年4月15日、シンガポールサイバーセキュリティ庁は、サイバーエッセンシャルズマークおよびサイバートラストマークの認証プログラムについて、クラウドセキュリティ、AIセキュリティ、OTセキュリティの領域をカバーするように拡張することを発表した。このうちOTセキュリティにおける拡張の概要は以下の通りである。

[OTセキュリティへの拡張]
・拡張されたサイバーエッセンシャルズは、組織がOT環境を安全に確保し、OTとITの融合を安全に管理する方法について指針を提供する。たとえば、OTは通常、情報技術(IT)よりも投資サイクルが長いため、OT環境には強力なアクセス制御(例:安全なパスフレーズ)をサポートしていない古いデバイスやシステムが存在する可能性がある。したがって、組織は代替的な制御手段として、物理的アクセス制御やネットワークの分割などの対策を講じる必要がある。
・サイバートラストでは、リスクシナリオの一例として、OTベンダーが別の顧客のネットワークでマルウェアに感染したノートパソコンを組織のOTネットワークに接続し、そのネットワークを感染させるケースが挙げられている。

上記の拡張に合わせて、サイバーエッセンシャルズマーク認証関連文書(https://www.csa.gov.sg/our-programmes/support-for-enterprises/sg-cyber-safe-programme/cybersecurity-certification-for-organisations/cyber-essentials/certification-for-the-cyber-essentials-mark/)およびサイバートラストマーク認証関連文書(https://www.csa.gov.sg/our-programmes/support-for-enterprises/sg-cyber-safe-programme/cybersecurity-certification-for-organisations/cyber-trust/certification-for-the-cyber-trust-mark/)も改定されている。

OTセキュリティ固有の管理策を支える組織体制の整備が課題

ここからは、スタートアップ/SMBを対象としたサイバーエッセンシャルズマークの各管理策項目において、OTセキュリティ固有の管理策および具体的な対策例を紹介していく。参考までに、サイバーエッセンシャルズマークの管理策は、以下のような構成になっている。

A.1 資産: 人々 – 従業員に、防衛の最前線となるノウハウを装備させる
A.2 資産: ハードウェアとソフトウェア – 組織が何のハードウェアとソフトウェアを所有しているかを知り、それらを保護する
A.3 資産: データ – 組織が何のデータを持っているのか、どこにあるのか、データをセキュア化しているのかについて知る
A.4 セキュア化/保護: ウイルスおよびマルウェアの保護 – ウイルスやマルウェアのような悪意のあるソフトウェアから保護する
A.5 セキュア化/保護: アクセス制御 – 組織のデータやサービスへのアクセスを制御する
A.6 セキュア化/保護: セキュアな構成 – 組織のハードウェアやソフトウェアのために、セキュアな設定を使用する
A.7 アップデート : ソフトウェア・アップデート – デバイスやシステム上のソフトウェアをアップデートする
A.8 バックアップ: 不可欠なデータのバックアップ – 組織の不可欠なデータをバックアップして、オフラインに保存する
A.9 対応: インシデント対応 – サイバーセキュリティインシデントを検知し、対応して、復旧の準備をする

最初に、(A.1 人的資産)におけるOTセキュリティ固有の管理策および具体的対策例を整理すると以下のようになる。

1. OT人材の育成と能力強化
・OT環境に特化したサイバーセキュリティ教育プログラムの導入
・現場技術者向けのハンズオン訓練(例:ICS/SCADAシステムの脆弱性対応)
・サイバー演習の定期的な実施(模擬攻撃シナリオを含む)
2. 意識向上と責任の明確化
・OT従業員に対するセキュリティ意識向上キャンペーン(ポスター、動画、クイズなど)
・OT資産に関わる役割ごとのセキュリティ責任の明確化(例:保守担当 vs 制御担当)
3. OT環境におけるアクセス管理の教育
・物理アクセスと論理アクセスの違いを理解させる教育
・特権アクセスのリスクと管理策(例:ジャンプサーバーの利用、ログ監査)
4. サードパーティ・ベンダーへの教育と契約管理
・外部保守業者やベンダーに対するOTセキュリティ研修の義務化
・契約書にセキュリティ要件(例:インシデント報告義務、アクセス制限)を明記
5. インシデント対応能力の強化
・OT環境に特化したインシデント対応手順の訓練
・OTとITの連携体制の構築(クロスファンクショナルなCSIRT)

人的資産面に関しては、クラウドセキュリティの場合、ユーザー組織が責任を負うが、OTセキュリティになると、OT組織とIT組織が責任を共有する形態が一般的である。特に、OT環境では、人的ミスが重大な物理的影響を及ぼすため、教育と責任の明確化が特に重要になる。

次に、(A.2 ハードウェアとソフトウェア)におけるOTセキュリティ固有の管理策および具体的対策例を整理すると以下のようになる。

1. OT資産の可視化とインベントリ管理
・OT機器(PLC、RTU、HMIなど)の物理・論理構成を網羅した資産台帳の整備
・ネットワークセグメントごとの資産分類(例:制御層、監視層、運用層)
・自動検出ツールによる定期的な資産スキャン(パッシブ型推奨)
2. レガシー機器の保護とリスク評価
・サポート終了済みの機器に対する補完的な防御策(例:ネットワーク分離、仮想パッチ)
・レガシー資産の脆弱性評価とリスク優先度の定期見直し
3. ソフトウェア構成と更新管理
・制御系ソフトウェア(SCADA、DCS等)のバージョン管理と変更履歴の記録
・アップデート前の影響評価とテスト環境での検証(本番環境への即時適用は避ける)
・ベンダー提供のセキュリティパッチ情報の定期収集と適用計画
4. OTネットワークのセグメンテーションとアクセス制御
・IT/OT間の境界にファイアウォールやデマリケーションゾーンを設置
・OT資産へのアクセスはホワイトリスト方式で制限
・リモートアクセスはジャンプサーバー経由+多要素認証を必須化
5. OT資産のライフサイクル管理
・導入時のセキュリティ要件チェック(例:暗号化通信、ログ機能)
・廃棄時のデータ消去と物理破壊の実施
・保守契約にセキュリティ更新・監査対応を含める

このようにOTセキュリティ固有の管理策としては、ITとは異なる制約やリスクを踏まえた対応が求められる。

次に、(A.3 データ)におけるOTセキュリティ固有の管理策および具体的対策例を整理すると以下のようになる。

1. OTデータの分類と所在の明確化
・制御ログ、プロセスデータ、イベント履歴などのデータ種別を分類
・データの保存場所(オンプレミスのHMI、SCADAサーバー、エッジデバイスなど)を特定
・データフローの可視化(センサー → PLC → SCADA → Historian)
2. 機密性・完全性・可用性(CIA)の優先順位付け
・OT環境では「可用性」が最優先となるため、リアルタイム性を損なわない保護策を設計
・機密性が高いデータ(例:製造レシピ、工程パラメータ)には暗号化を適用
・完全性を担保するための改ざん検知(例:ハッシュ値、ログ監査)
3. データ保護とバックアップ
・OTシステムに特化したバックアップ手法(例:イメージベースの定期取得、オフライン保管)
・バックアップ対象の優先順位付け(制御設定、履歴データ、構成ファイル)
・リストア手順の定期的な検証(本番環境に影響を与えない方法で)
4. データアクセス制御と監査
・OTデータへのアクセスは職務ベースで制限(RBACの導入)
・外部ベンダーや保守業者によるアクセスは一時的かつ監査可能な方法で提供
・アクセスログの保存と定期レビュー(異常なアクセスの検知)
5. データのライフサイクル管理
・データ保持期間の定義(例:運用データは3年、監査ログは5年)
・廃棄時の安全な削除(例:物理破壊、データ消去ツール)
・データ移行時のセキュリティ(例:新SCADAシステムへの移行)

OTセキュリティ固有の管理策については、物理的な制御システムとデジタルデータが交差するOT環境ならではの特性を踏まえて設計する必要がある。また、これらの管理策は、OT環境の「止められない」「外部とつながりにくい」「レガシーが多い」といった特性を踏まえた、実践的かつ現場志向のものである必要がある。特に、リアルタイム制御とデータ保護のバランスが重要になってくる。

次に、(A.4 ウイルス・マルウェア対策)におけるOTセキュリティ固有の管理策および具体的対策例を整理すると以下のようになる。

1. アンチマルウェア対策の適用判断
・OT機器へのウイルス対策ソフトの導入は、リアルタイム制御への影響を評価した上で慎重に実施
・SCADA/HMIサーバーなど、Windowsベースの機器には軽量型アンチウイルスを導入
・リアルタイム性が重要な制御機器(PLC等)には、代替策としてネットワーク監視や仮想パッチを適用
2. ネットワーク分離と境界防御
・IT/OT間の通信を制限するファイアウォールやDMZの設置
・外部接続(USB、リモートアクセス)に対する制限と監視
・OTネットワーク内でのマルウェア拡散を防ぐセグメンテーション
3. メディア制御と検疫
・USBメモリや外部媒体の使用を原則禁止、または専用検疫端末でスキャン
・メディア使用履歴の記録と定期監査
4. マルウェア検知とログ監視
・OT環境に特化したIDS/IPS(例:プロトコル認識型)による異常検知
・ログ収集・分析によるマルウェア兆候の早期発見(例:異常な通信、プロセス変更)
5. インシデント対応体制の整備
・OT環境におけるマルウェア感染時の封じ込め手順(例:ネットワーク遮断、手動制御への切替)
・IT/OT連携型CSIRTの構築と定期的な模擬演習
6. ベンダー管理と保守作業のセキュリティ
・外部ベンダーによる保守作業時のマルウェアリスクを最小化(例:事前スキャン、限定アクセス)
・ベンダー契約にセキュリティ要件(マルウェア対策、報告義務)を明記

OTセキュリティ固有の管理策については、IT環境とは異なる制約(例:リアルタイム性、レガシー機器、可用性重視)を踏まえた対応が必要である。また、OT環境では「止めない防御」が基本なので、予防と検知のバランスがカギになってくる。

次に、(A.5 アクセス制御)におけるOTセキュリティ固有の管理策および具体的対策例を整理すると以下のようになる。

1. 物理アクセスの制御
・制御室や機器設置場所への入退室管理(例:ICカード、監視カメラ)
・OT資産への物理的アクセスは職務ベースで制限(保守担当者のみ許可)
2. 論理アクセスの制御
・OTシステムへのログインは個人ID+強固な認証(例:MFA、トークン)
・制御機器(PLC、RTU等)へのアクセスはホワイトリスト方式で制限
・アクセス権限は最小限に設定
3. ロールベースアクセス制御(RBAC)の導入
・操作員、保守員、監視員などの役割に応じたアクセス権限の定義
・権限変更は承認制+ログ記録を義務化
4. リモートアクセスの制限と監視
・リモート保守はジャンプサーバー経由+一時的な認証で実施
・VPN接続は時間制限+監査ログの取得を必須化
・外部接続は原則禁止、例外時は事前申請と検疫を実施
5. アクセスログの記録と監査
・OT資産へのアクセス履歴を自動記録(例:SCADAログ、HMI操作履歴)
・定期的なログレビューと異常検知(例:深夜のアクセス、権限外操作)
6. サードパーティ管理
・外部ベンダーのアクセスは契約で制限(例:アクセス時間、操作範囲)
・ベンダーごとのアクセス履歴を分離管理

OTセキュリティ固有の管理策については、制御系システムの可用性と安全性を守るために、ITとは異なるアプローチが必要である。OT環境では、「誰が、いつ、どこから、何をしたか」を明確にすることが、事故や攻撃の早期発見につながる。

次に、(A.6 セキュアな構成)におけるOTセキュリティ固有の管理策および具体的対策例を整理すると以下のようになる。

1. 初期設定の見直しと不要機能の無効化
・OT機器(PLC、HMI、SCADA等)の初期設定(デフォルトパスワード、ポート開放)をすべて確認・変更
・使用しないサービスやプロトコル(例:Telnet、FTP)は無効化
・制御機器のファームウェア設定も含めてセキュアな構成を文書化
2. セキュリティベースラインの策定
・OT資産ごとにセキュリティ設定のベースラインを定義(例:SCADAサーバーのログ設定、HMIのユーザー権限)
・ベースラインからの逸脱を検知する仕組み(例:構成変更監視)
3. 設定変更の管理と承認プロセス
・構成変更は事前承認制+変更履歴の記録
・ベンダーによる設定変更も含めてログ取得とレビューを実施
・変更前のバックアップ取得とロールバック手順の整備
4. OT機器のセキュアな導入と廃棄
・新規導入時はセキュリティ要件(暗号化通信、認証機能)を満たす機器を選定
・廃棄時は設定情報の完全消去と物理破壊を実施
5. セキュリティ設定の定期レビュー
・半期または年次で構成設定の棚卸しとリスク評価を実施
・ベンダー提供のセキュリティガイドラインに基づく設定見直し
6. IT/OT融合環境での構成管理
・IT側のセキュリティポリシーがOTに影響しないよう、分離された構成管理体制を確立
・OT環境におけるセキュリティ設定は、可用性優先の原則に基づいて調整

OTセキュリティ固有の管理策については、制御系システムの安定性と可用性を維持しながら、設定ミスや脆弱性を防ぐための工夫が求められる。特に重要インフラや製造業では設定ミスが事故につながる可能性があるため、構成管理は極めて重要な領域となっている。

次に、(A.7 ソフトウェア・アップデート)におけるOTセキュリティ固有の管理策および具体的対策例を整理すると以下のようになる。

1. アップデートのリスク評価と事前検証
・制御系ソフトウェア(SCADA、DCS、HMI等)の更新は、事前に影響評価を実施
・テスト環境での動作確認を必須化(本番環境への即時適用は避ける)
・アップデートによる停止リスクを最小化するため、更新は計画停止期間中に限定
2. アップデート対象の優先順位付け
・セキュリティパッチの緊急度に応じて分類(例:重大脆弱性は即時対応、機能改善は延期)
・レガシー機器には仮想パッチやネットワーク制御による代替策を検討
3. ベンダーとの連携による安全な更新
・ベンダー提供のアップデート情報を定期的に収集し、適用可否を判断
・アップデート手順はベンダー監修のもとで実施し、ログを取得
4. 更新プロセスの文書化と監査
・アップデート手順書、影響評価記録、テスト結果を文書化
・更新履歴を資産台帳と紐づけて管理し、定期監査を実施
5. 自動更新の無効化と手動管理
・OT機器では自動更新を無効化し、手動による制御を徹底
・IT環境との連携部分(例:データ収集サーバー)には更新通知の監視を導入
6. アップデート後の安定性確認
・更新後は一定期間の監視を強化し、異常動作の有無を確認
・不具合発生時のロールバック手順を事前に準備

OTセキュリティ固有の管理策については、可用性重視の制御環境において“更新=リスク”となる可能性を踏まえた慎重な運用が求められる。OTでは、更新しないという判断も時には必要となるので、最新の注意が必要である。

次に、(A.8 バックアップ)におけるOTセキュリティ固有の管理策および具体的対策例を整理すると以下のようになる。

1. バックアップ対象の明確化
・制御設定、構成ファイル、履歴データ、イベントログなど、復旧に不可欠なデータを特定
・PLCやSCADAのプロジェクトファイル、HMI画面構成なども対象に含める
2. オフライン・バックアップの実施
・ランサムウェア対策として、ネットワークから隔離されたオフライン媒体(例:外付けHDD、テープ)に定期保存
・オフライン媒体は物理的に施錠された場所で保管
3. バックアップの頻度とスケジュール管理
・制御系データは変更頻度に応じて日次・週次で取得
・重要イベント(例:設備更新、設定変更)後は即時バックアップを実施
4. バックアップの整合性確認とリストア検証
・定期的にバックアップファイルの整合性チェック(ハッシュ値照合など)
・テスト環境での復元検証を実施し、復旧手順を文書化
5. バックアップの分散保管
・災害対策として、異なる物理拠点にコピーを保管(例:工場外部の保管庫)
・クラウド利用時は、OT環境に適したセキュリティ要件(暗号化、アクセス制限)を満たすこと
6. バックアップ操作の権限管理と監査
・バックアップ作業は特定の担当者に限定し、操作ログを取得
・外部ベンダーによるバックアップは事前承認制+監査対象とする

OTセキュリティ固有の管理策については、制御系システムの可用性とレジリエンスを重視した設計が求められる。特に重要インフラでは、復旧の速さが安全確保の鍵となるので、注意が必要である。

最後に、(A.9 インシデント対応)におけるOTセキュリティ固有の管理策および具体的対策例を整理すると以下のようになる。

1. OT環境に特化したインシデント対応計画の策定
・制御系システムの停止リスクを最小化するため、ITとは分離した対応フローを設計
・「切り離す」「手動制御に切り替える」など、物理的対応を含む手順を明記
・重要設備のフェイルセーフ動作を確認し、対応計画に反映
2. OT/IT連携型CSIRTの構築
・OT技術者とITセキュリティ担当が連携するクロスファンクショナルな対応チームを編成
・OT特有のプロトコルや機器構成に精通したメンバーを含める
3. インシデント検知の強化
・OT環境に特化したIDS/IPS(例:Modbus、DNP3対応)を導入
・制御ログやイベント履歴をリアルタイムで監視し、異常動作を早期検知
4. 初動対応と封じ込め手順の整備
・感染・侵害が疑われる機器のネットワーク遮断手順を明文化
・制御系の手動操作への切替手順を現場レベルで訓練
・外部ベンダーとの連携体制(緊急連絡先、対応契約)を整備
5. 復旧手順とバックアップ活用
・事前に取得したオフライン・バックアップからの復元手順を文書化
・復旧後の構成確認と再感染防止策(例:再設定、ログ監査)を実施
6. インシデント後のレビューと改善
・インシデント対応後は、OT環境に特化した事後レビューを実施
・対応手順の改善、教育内容の見直し、構成変更の検討を含める

OTセキュリティ固有の管理策としては、制御系システムの可用性を守りながら、迅速かつ安全に対応・復旧するための体制づくりが重要でなる。特に重要インフラや製造業では、止めない対応が必要となるケースが多いので、インシデント対応については、「技術」だけでなく「現場力」を強化しておく必要がある。

このように、サイバーエッセンシャルズのOT拡張版では、組織がOT環境をどのように保護し、OTとITの融合を安全に管理するかについての指針を提供している。OTは一般的にITよりも投資サイクルが長いため、OT環境にはレガシーな機器・システムが存在し、セキュアなパスフレーズなどの強力なアクセス制御に対応していない場合がある。従って組織は、物理的なアクセス制御やネットワークのセグメンテーションなど、代替的な制御策を用意しておく必要がある。

CSAジャパン関西支部メンバー
健康医療情報管理ユーザーワーキンググループリーダー
笹原英司

海外に学ぶSMBのクラウドセキュリティ基礎(AIセキュリティ編)(2)

前回は、シンガポールサイバーセキュリティ庁のスタートアップ/SMBを対象としたサイバーエッセンシャルズマークに基づいて開発された人工知能(AI)セキュリティ固有のガイドを紹介したが、今回は、大企業/インフラ系クラウドサービスプロバイダー(CSP)を対象としたサイバートラストマークのAIセキュリティ版ガイドを紹介する。

シンガポール政府が大企業/CSP向けAIセキュリティガイドラインを提供

シンガポールサイバーセキュリティ庁のサイバートラストマークとCSA STAR認証との間には、相互承認制度(MRA:Mutual Recognition Agreement)が確立されている。サイバートラストマークの各管理策項目に対応するCCM v4の管理策項目については、「CSA サイバートラストとクラウドセキュリティアライアンス・クラウドコントロールマトリクスv4のクロスマッピング」で公開されている(https://isomer-user-content.by.gov.sg/36/2afb6128-5b9b-4e32-b151-5c6033b993f1/Cloud-Security-Companion-Guide-Cyber-Trust.pdf)。

以下では、サイバートラストマーク認証関連文書(https://www.csa.gov.sg/our-programmes/support-for-enterprises/sg-cyber-safe-programme/cybersecurity-certification-for-organisations/cyber-trust/certification-for-the-cyber-trust-mark/)の1つとして公開されている「サイバートラスト(2025) マーク – 自己評価テンプレート」より、サイバートラストマークの各管理策項目におけるAIセキュリティ固有の管理策およびフォーカス領域を紹介する。

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【サイバートラスト】B.1 ドメイン: ガバナンス
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【サイバートラスト】
B.1.3 組織は、事業の文脈においてサイバーセキュリティの重要性を高めるためのプラクティスを確立・実装しており、従業員、顧客、パートナーなどのステークホルダー全員にその重要性を伝えている。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・このようなプラクティスには、以下のようなメカニズムの確立が含まれる:
–組織が、自社のAIシステムに関する必要なセキュリティ情報をユーザーやその他の関係者に提供すること(例:組織内でのAIシステムの適正使用ポリシーなど)
–従業員や外部関係者が、組織内のAIシステムに関するセキュリティ上の懸念を報告できるようにすること。
【フォーカス領域】
・サイバーセキュリティの重要性の理解
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【サイバートラスト】
B.1.4 組織は、サイバーセキュリティプログラムの実装を監督し、組織内のサイバーセキュリティリスクを管理する責任者(例:最高情報セキュリティ責任者〈CISO〉)が誰であるかを明確にするために、役割と責任を定義し、割り当てている。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・AIが倫理、法務、リスク管理など複数の組織機能にまたがる学際的な性質を持つことから、組織はAIセキュリティに関する役割と責任を定義し、適切に割り当てている。
【フォーカス領域】
・役割と責任の定義
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【サイバートラスト】
B.1.5 取締役会および/または上級管理職は、サイバーセキュリティに関する十分な専門知識を有しており、サイバーセキュリティ戦略、方針、手順、ならびにリスク管理の実装を承認し、監督する役割を担っている。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・取締役会および/または上級管理職は、AIに特有のリスク(例:AIへの過度な依存)に関連する影響を考慮した適切な経営判断を下すために、AIセキュリティに関する十分な専門知識を有しているべきである。
【フォーカス領域】
・取締役会および/または上級管理職の関与
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【サイバートラスト】
B.1.6 組織は、サイバーセキュリティの目標/目的を策定しており、それらは少なくとも年に一度、取締役会および/または上級管理職によって見直し・承認され、方針や手順を通じて実装されている。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・これには、AIシステムの安全な利用を導くための目的を特定し文書化すること、そしてそれらのシステムが意図された目的に沿って使用されることを確保することが含まれる。
【フォーカス領域】
・サイバーセキュリティ目標の達成
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【サイバートラスト】
B.1.7 取締役会および/または上級管理職は、サイバーセキュリティに関する取り組みや活動について定期的に議論し、サイバーセキュリティリスクを監督・監視するための専任のサイバーセキュリティ委員会/フォーラムを設置しており、組織のサイバーセキュリティ方針、手順、法規制の要求事項への準拠を確保している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・サイバーセキュリティ委員会/フォーラムは、急速に進化するAIセキュリティのプラクティスやガバナンスの動向を把握するための施策を実装しており、例えばAIの特別研究会への参加などが含まれる。
【フォーカス領域】
・サイバーセキュリティ委員会/フォーラムの設置

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【サイバートラスト】B.2 ドメイン: ポリシーと手順
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【サイバートラスト】
B.2.3 組織は、サイバーセキュリティリスクの管理に採用しているプロセス、業界のベストプラクティスや標準、そして情報資産を保護するための対策について、従業員に定期的に伝達・更新するためのプラクティスを実装している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・AIの学際的な性質により、AIセキュリティが組織内の他の機能領域と交差する場面において、組織は部門横断的またはチーム横断的なコミュニケーションの取り組みを実装している。
【フォーカス領域】
・サイバーセキュリティに関する指針や要求事項を従業員に定期的に伝達すること
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【サイバートラスト】
B.2.4 組織は、サイバーセキュリティリスクを管理し、自身の環境における情報資産を保護するために、関連する要求事項、指針、方針を取り入れたポリシーおよび手順を策定・実装しており、従業員が明確な指針と方向性を持てるようにしている。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・組織は、AIシステムの安全な利用のためのポリシーおよび手順を策定・実装しており、それらを他の組織内のポリシーや手順(例:全社的リスク管理やサイバーセキュリティリスク管理)と統合している。
【フォーカス領域】
・ポリシーおよび手順の策定
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【サイバートラスト】
B.2.8 組織は、自身のサイバーセキュリティに関するポリシーおよび手順の遵守を確保するために、必要な対策を策定・実装している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・これには、AIシステムの安全な利用を確保するためのポリシーおよびプロセスが含まれており、組織のポリシーに従って、AIシステムの安全な利用に関するプロセスを定義し文書化することも含まれる。
【フォーカス領域】
・ポリシーおよび手順の遵守を確保するための対策の策定

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【サイバートラスト】B.3 ドメイン: リスクマネジメント
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【サイバートラスト】
B.3.1 組織は、環境内のサイバーセキュリティリスクを特定しており、オンプレミスのリスクに加え、該当する場合にはリモート環境におけるリスクも含めて、特定されたすべてのサイバーセキュリティリスクに対処できるようにしている。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・組織は、以下を含むAI特有のリスクを考慮に入れている:
–悪意ある攻撃や従業員による意図しないデータ漏えいに起因するデータ漏えいのリスク
–データおよび/またはAIモデルの完全性が損なわれることによって、AIシステムから意図しない出力が生じるリスク(組織のAIシステムに対して適切な人間による監視を行うための仕組みも含む)
【フォーカス領域】
・リスクの特定と是正対応
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【サイバートラスト】
B.3.5 組織は、サイバーセキュリティリスクを特定し、依存関係を評価し、既存の対策を検証するためのリスク評価プロセスを定義・適用しており、サイバーセキュリティリスクの評価方法を明確にしている。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・組織は、AIシステムに対するサイバーセキュリティリスク評価において、以下のような活用されているリソースを考慮し、文書化している:
–データ資産
–ソフトウェア資産
–システムおよび計算処理リソース
–従業員によるAIの利用
これにより、リスクと影響を十分に理解している。
【フォーカス領域】
・リスク評価プロセスの定義
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【サイバートラスト】
B.3.9 組織は、取締役会および/または経営陣によって承認されたサイバーセキュリティリスクの許容度およびリスク許容声明を策定しており、受容可能なサイバーセキュリティリスクの種類と水準について、組織内で合意が得られていることを確保している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・重大または重要なAIセキュリティリスク(例:AIの集中リスク、AIへの過度な依存)が軽減できない場合には、そのトレードオフおよび適切な緩和策について、取締役会および/または経営陣に報告し、承認を得る必要がある。
【フォーカス領域】
・サイバーセキュリティリスクの許容度および許容範囲の策定
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【サイバートラスト】
B.3.12 組織は、残留するサイバーセキュリティリスクが自社のリスク許容度および許容範囲内に収まるよう、逸脱を確認・評価するための方針およびプロセスを策定・実装している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・AIシステムを導入している組織では、逸脱を確認・評価するための方針およびプロセスに、意図した成果を達成する能力に影響を及ぼす可能性のあるデータやモデルのドリフトを監視する方法が含まれており、それによってAIリスクの曝露状況が変化する可能性がある。
【フォーカス領域】
・リスクレビュー

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【サイバートラスト】B.4ドメイン: サイバー戦略
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【サイバートラスト】
B.4.5 組織は、サイバーレジリエンスを確保し、人材・プロセス・技術の観点からサイバーセキュリティ脅威に対抗するためのサイバーセキュリティ戦略を策定している。この戦略は、計画された目標を一定期間内に達成するためのロードマップへと具体化されている。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・サイバーセキュリティ戦略およびロードマップでは、組織のAIシステムの安全な利用を導くための目標が特定され、文書化されている
【フォーカス領域】
・サイバーセキュリティ戦略とロードマップ
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【サイバートラスト】
B.4.9 組織は、事業目標との整合性を確保し、変化するサイバー脅威の状況を考慮するために、サイバーセキュリティ戦略、ロードマップおよび作業計画を少なくとも年に一度見直し、更新している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・組織はまた、AIの導入が進む中で、AIに関連する脅威の状況も考慮に入れている。
【フォーカス領域】
・サイバーセキュリティ戦略、ロードマップおよび作業計画の更新

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【サイバートラスト】B.5 ドメイン: コンプライアンス
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【サイバートラスト】
B.5.1 組織は、自社の事業領域に適用されるサイバーセキュリティ関連の法律、規制、および(業界特有の)ガイドラインを特定し、それらに準拠するための対応を行っている。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・関連する法律、規制およびガイドラインを特定するにあたり、組織は自社が事業を展開する国々におけるAI規制の新たな動向も考慮に入れている。
【フォーカス領域】
・サイバーセキュリティ関連の法律および規制の領域の特定

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【サイバートラスト】B.8 ドメイン: 資産管理
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【サイバートラスト】
B.8.3 組織は、環境内のハードウェアおよびソフトウェア資産を安全に分類・取り扱い・廃棄するためのセキュリティ要求事項、ガイドライン、および具体的な手順に関するポリシーと手順を策定・実装しており、従業員が明確な指針と指導を得られるようにしている。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・AIに使用される、またはAIのために使用される組織のデータの分類、安全な取り扱いおよび削除に関して、組織はAIモデルおよびそれらの学習に使用されたトレーニングデータをポリシーと手順の中に含めている
【フォーカス領域】
・資産の取り扱いに関するポリシーおよび手順
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【サイバートラスト】
B.8.9 組織は、ハードウェアおよびソフトウェア資産を追跡して管理するために、適切な、業界で認識されている資産インベントリ管理システムの使用を確立し、実装している。これにより、正確性を確保し、見落としを避けることができる。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・組織の資産インベントリ管理システムには、AIツール、サービス、またはシステムを追跡・管理する機能が備わっている
【フォーカス領域】
・資産インベントリ管理システム

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【サイバートラスト】B.9 ドメイン: データ保護とプライバシー
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【サイバートラスト】
B.9.5 組織は、リスク分類を行い、機密性および機微度レベルに従ってビジネスに重要なデータ(個人データ、企業秘密、知的財産など)を取り扱うためのポリシーおよび手順を確立し、実装している。これにより、データが適切なセキュリティおよび保護を受けることを保証する。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・組織は、従業員が組織内のデータセットのうち、社内外のAIツールやサービス(例:生成系AI)で使用され得るものを識別できるように、分類および取り扱いに関するポリシーと手順を策定・実装している。
【フォーカス領域】
・高度に機密性の高い資産の取り扱いに関する対策
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【サイバートラスト】
B.9.6 組織は、業務上重要なデータ(個人データ、企業秘密、知的財産を含む)が、組織内の情報システムやプログラムを通じてどのように流れるかを文書化するためのデータフロー図に関するポリシーと手順を策定・実装しており、これらのデータが組織の環境内に留まるよう、適切な管理措置も実装している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・組織のAI向けデータフロー図には、AIシステムに関連するデータの文書化が含まれており、以下の内容が示されている:
–AIシステムの学習に使用されたデータ(該当する場合)
–AIシステムへの入力データ(プロンプトなどを含む)
–AIシステムからの出力データ
【フォーカス領域】
・データフロー図の作成
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【サイバートラスト】
B.9.7 組織は、業務上重要なデータ(個人データ、企業秘密、知的財産など)を安全に取り扱い、分類や要求事項(収集、利用、保護、廃棄など)に応じて保護するためのポリシーと手順を策定・実装している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・組織は以下の項目について、安全な取り扱いを実装している:
–AIシステムへの入力データ
–データモデル(該当する場合)
–AIシステムからの出力データ
AIシステムへの入力データの安全な取り扱いの例には、以下の対策が含まれる:
–データの完全性
–データの来歴
–データの検証および/または無害化
–クエリインタフェースの保護(データへのアクセス、改ざん、持ち出しの試みを検知・緩和するためのガードレールやクエリのレート制限など)
AIモデルの安全な取り扱いの例には、以下の対策が含まれる
–ハッシュや署名によるモデルの検証
–導入前のAIシステムのセキュリティ評価(ベンチマーク、セキュリティテスト、レッドチームによる検証など)
AIシステムからの出力データの安全な取り扱いの例には、以下の対策が含まれる:
–出力データの完全性の検証
–利用者にとって有用な出力を生成しつつ、攻撃者に不要な情報を漏らさないようにすること
【フォーカス領域】
・データの安全な取り扱いに関するポリシーおよび手順
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【サイバートラスト】
B.9.10 組織はデータを保護するために暗号化を使用しており、暗号鍵管理ライフサイクル全体で鍵が安全に取り扱われることを保証するための暗号化ポリシーおよびプロセスを確立し、実装している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・機微なデータに対して、組織はデータ保護のために匿名化や差分プライバシー(該当する場合)などのプライバシー保護技術の活用を検討している。
【フォーカス領域】
・暗号ポリシーの策定

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【サイバートラスト】B.12 ドメイン: システムセキュリティ
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【サイバートラスト】
B.12.4 組織は、すべてのシステム、サーバー、オペレーティングシステム、およびネットワーク機器に対して安全な構成が適用されるよう、プロセスを定義し、運用している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・安全な構成管理の一環として、組織はAIモデルの複雑性および利用目的に対するモデルの適合性を考慮しており、複雑なモデルは追加のソフトウェアパッケージやライブラリを伴う可能性があるため、攻撃対象領域が拡大することを認識している。
【フォーカス領域】
・安全な構成を適用するためのプロセスの実装
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【サイバートラスト】
B.12.8 組織は、セキュリティ構成に関する要求事項、ガイドライン、および詳細な手順についての方針と手順を策定・実施しており、それらがセキュリティ基準に整合していることを確保している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・AIに対する安全な構成に関する組織のポリシーおよび手順には、ベストプラクティスが組み込まれている。
例としては以下が挙げられる:
–モデルのハードニング(強化)、例:敵対的学習の活用
–ガードレールの使用を含むプロンプトエンジニアリングのベストプラクティス
–AIシステムへのクエリ頻度の監視および制限
–攻撃耐性を高めるためのモデルアンサンブル(複数モデルの組み合わせ)の活用
【フォーカス領域】
・セキュリティ構成に関するポリシーおよび手順をセキュリティ基準に整合させること

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【サイバートラスト】B.13 ドメイン: ウイルス対策/マルウェア対策
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【サイバートラスト】
B.13.8 組織は、外部機関からの脅威インテリジェンスに加入し、ウイルスやマルウェア攻撃を含むサイバー攻撃に関する情報の共有および検証を行うためのポリシーとプロセスを策定・実装している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・組織は、AIを標的とする攻撃者など、AI特有の脅威に対する可視性を維持するためのポリシーおよびプロセスを策定・実装しており、AI関連の脅威情報への加入や、AIに関する専門グループ等への参加を通じて、新たな脅威や脆弱性に関する早期警戒や助言を受けられる体制を整えている。
【フォーカス領域】
・脅威インテリジェンスの利用

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【サイバートラスト】B.14 ドメイン: 安全なソフトウェア開発ライフサイクル(SDLC)
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【サイバートラスト】
B.14.3 組織は、システムおよび/またはアプリケーションの開発において、セキュリティガイドラインおよび要求事項を策定・実装している。
例としては以下が挙げられる:
–セキュアコーディングの実施
–APIキーの安全な管理
–オープンソースを含むサードパーティソフトウェアのセキュリティポスチャーの確認
–ベストプラクティスや標準規格への準拠
これらを通じて、セキュリティ原則の遵守を確保している。
※補足:シンガポールでは、Safe App Standard により、モバイルアプリ開発に必要なセキュリティ管理策やベストプラクティスに関する指針が提供されている。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・これらのセキュリティガイドラインおよび要求事項は、組織のAIシステムのライフサイクル全体(すなわち、以下の各段階)にわたって策定・実施されている:
–設計
–開発
–デプロイ
–運用および保守
【フォーカス領域】
・安全なSDLCガイドラインおよび要求事項の策定
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【サイバートラスト】
B.14.4 組織は、ソフトウェア開発ライフサイクル(SDLC)を管理するために、サイバーセキュリティ対策および要求事項を組み込んだSDLCフレームワークを策定・実装しており、これによりデータの完全性、認証、認可、責任追跡、例外処理などの領域に対応できる体制を整えている。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・組織は、AI(人工知能)に適したSDLC(ソフトウェア開発ライフサイクル)フレームワークを導入・運用しており、以下の要素が含まれている:
–セキュアな設計
–セキュアな開発
–セキュアなデプロイ
–セキュアな運用および保守
【フォーカス領域】
・セキュアなSDLCフレームワークの策定
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【サイバートラスト】
B.14.6 組織は、システムおよび/またはアプリケーションの展開前にセキュリティテストを実施し、セキュリティ上の弱点や脆弱性を特定するためのポリシーおよびプロセスを策定・実装している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・これには、組織のAIシステムに対するセキュリティテスト(例:敵対的テスト)が含まれている。
【フォーカス領域】
・安全なシステムおよび/またはアプリケーションの開発

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【サイバートラスト】B.16 ドメイン: サイバー脅威管理
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【サイバートラスト】
B.16.4 組織は、脅威や異常の検出を目的としてセキュリティログを監視するための要求事項、ガイドライン、および具体的な手順を明記したログ監視のポリシー、プロセスおよび手続きを策定・実装している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・ログ監視に関するポリシー、プロセスおよび手順には、以下の内容が含まれている:
–AIモデルまたはAIシステムへの入力に対する攻撃や不審な活動の監視
–AIモデルまたはシステムの出力およびパフォーマンスの監視
【フォーカス領域】
・ログ監視に関するポリシー、プロセスおよび手順
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【サイバートラスト】
B.16.11 組織は、IT環境内に潜む脅威を積極的に探索するための対策およびプロセスを策定・実装している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・これには、組織のAIシステムに対してレッドチーム演習を実施するなどの対策も含まれる。
【フォーカス領域】
・積極的な脅威ハンティング

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【サイバートラスト】B.17 ドメイン: サードパーティリスクと監督
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【サイバートラスト】
B.17.3 組織は、サードパーティがサービス提供時にサイバーセキュリティに関する責務や期待事項を満たすよう、サードパーティとの間でサービスレベル契約(SLA)を策定・実装している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・組織がAIサプライヤーと締結しているサービスレベル契約(SLA)には、AIセキュリティに関連する重要な項目が盛り込まれている。
例としては、以下のような内容が含まれる:
–AIサービスのパフォーマンス指標(例:可用性)
–情報セキュリティ要求事項(サプライヤーのセキュリティ責任を含む)
–セキュリティのために導入されたガードレールやその他の対策
–変更管理プロセス(例:ソフトウェアのアップデート)
–ログ取得および監視の運用
–インシデント対応の運用方法
–サプライヤーのAIモデルの学習における、組織のデータの利用
【フォーカス領域】
・サービスレベル契約(SLA)
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【サイバートラスト】
B.17.4 組織は、サードパーティに対して最低限のサイバーセキュリティ要求事項が定義されていることを確保し、サードパーティが自らのセキュリティ上の責務を認識するよう周知するとともに、システムおよびデータのセキュリティが確保されるよう対策を策定・実装している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・これには、可能な場合において、組織のAIプロバイダとの間でAIに関するセキュリティの共有責任モデルを確立することも含まれており、以下の内容を対象としている:
–組織が責任を負うセキュリティ領域(顧客の期待やニーズを満たす責任を含む)
–サプライヤーおよび/またはサードパーティパートナーが責任を負うセキュリティ領域
【フォーカス領域】
・サードパーティのセキュリティ責務
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【サイバートラスト】
B.17.5 組織は、サードパーティと契約を締結する前やオンボーディングの段階で、提供されるサービスの種類に応じたリスクに基づき、必要なセキュリティ義務をすべて満たしていることを確認するための評価措置を策定・実装している。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・これには、プロジェクトのリスクレベルに基づき、サードパーティが満たすべき最低限のサイバーセキュリティ要求事項の評価が含まれている。
–外部のモデル提供者に対して: 提供者自身のセキュリティポスチャーに関するデューデリジェンス評価
–外部のソフトウェアライブラリ(オープンソースを含む)に対して: ライブラリのデューデリジェンス評価(例:AIコードのチェック、脆弱性スキャン、脆弱性情報データベースとの照合など)
–外部APIに対して: 組織外のサービスに送信されるデータに対する制御の実施(例:機微な情報を送信する前に、ユーザーにログインして確認を求める)
信頼できるソース以外のモデルやコードを使用する場合、組織は適切な制御策(例:サンドボックス化)を実施している。
【フォーカス領域】
・サードパーティの関与時に実施するセキュリティ評価

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【サイバートラスト】B.18 ドメイン: 脆弱性評価
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【サイバートラスト】
B.18.4 組織は、少なくとも年に一度、システムに対して非侵入型のスキャンを実施し、脆弱性を発見するための定期的な脆弱性評価を行っている。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・脆弱性評価には、組織のAIシステムも含まれている。
【フォーカス領域】
・定期的な脆弱性評価の実装

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【サイバートラスト】B.20 ドメイン: ネットワークセキュリティ
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【サイバートラスト】
B.20.6 組織は、ネットワークをプライベートネットワークとパブリックネットワークに分離するためのネットワークセグメンテーションのプロセスを定義し、実装している。プライベートネットワークには業務上重要なデータが保持されており、インターネットとは接続されていないことで、外部の脅威から隔離された状態が確保されている。
【AIセキュリティ固有の管理策】
・ネットワークセグメンテーションの一環として、組織はAIシステムと他の社内システムとの接続を管理するための対策を実装している。例えば、データの機微性に基づいて接続を制御するなどの方法が取られている。
【フォーカス領域】
・ネットワークセグメンテーションの実装

なお、シンガポールサイバーセキュリティ庁がクラウドセキュリティアライアンスと共同で策定した「サイバートラストマーク:クラウドセキュリティコンパニオンガイド」に関連して、AWS版(https://d1.awsstatic.com/whitepapers/compliance/CSA_Cyber_Trust_mark_certification_Cloud_Companion_Guide.pdf)のほか、Huawei版(https://res-static.hc-cdn.cn/cloudbu-site/intl/en-us/TrustCenter/WhitePaper/Best%20Practices/Singapore_CSA_Cyber_Trust_mark_Cloud_Companion_Guide.pdf)のコンパニオンガイドも公開されている。現在、クラウドセキュリティアライアンスは、「サイバートラスト向けクラウドセキュリティコンパニオンガイド」からAIセキュリティへの拡張領域に関連して、「AI Controls Matrix (AICM)」や「STAR for AI」など、様々な新規サービスやドキュメントを公開しているが、HuaweiやAlibaba Cloudなど、中国系CSPがどのように対応していくのか注目される。

CSAジャパン関西支部メンバー
健康医療情報管理ユーザーワーキンググループリーダー
笹原英司